「らんぶる」は、Gmが高校と大学時代に足繁く通った新宿東口にある名曲喫茶だ。名曲喫茶というのは、まだレコードが高価で庶民の家にも満足なステレオ装置がなかった時代に、膨大なクラシックレコードのコレクションの中から順次名盤を立派なステレオ装置で再生してくれるというありがたい喫茶店のことで、どの店もマッキントッシュやマランツのアンプとか、タンノイやJBLのスピーカーとか、オルトフォンやデッカのカートリッジなど、舶来ブランド物を使用していることを自慢していた。コーヒー一杯で何時間でも名曲を鑑賞できる上に希望曲のリクエストにも応じてくれたから、クラシック好きの貧乏学生にとって名曲喫茶は実に居心地の良いサンクチュアリのような存在だった。
昭和40年代、名曲喫茶は割りとポピュラーな存在で、新宿には歌舞伎町にも「らんぶる」があり、他にも「プリンス」、「ウィーン」、「スカラ座」といった名曲喫茶があったし、渋谷の「ライオン」や高田馬場の「あらえびす」なども有名だった。店内は総じて薄暗く重厚な造りで、共通して“クラシック音楽は高尚なものであり、この店に集う者はそれを理解できるエリートである”というような雰囲気を醸し出していた。ある名曲喫茶はそれが徹底していて、椅子は全て一人掛けでスピーカーの方向を向いて並んでおり私語は厳禁。客は眉間にしわを寄せて演奏に聴き入ったり本を読み耽ったりしていて、ガサゴソと音を立てただけでも非難の視線が集中したから、店員への注文も耳元で「こ・ほ・ひ・い」などと囁かなければならなかった。
名曲喫茶のお陰で様々な名演奏家の演奏を聴くことができた。指揮者では、フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルター、メンゲルベルク、シェルヘン、シューリヒト、ベーム、クナッパーツブッシュ、クリュイタンス、マルケビッチ、クーベリック、アンセルメ、モントゥー、マルティノン、ミュンシュ、ライナー、クレンペラー、イッセルシュテット、コンビチュニー、ムラヴィンスキー等々。ピアニストでは、バックハウス、ケンプ、ギーゼキング、コルトー、ハスキル、クラウス、ホロビッツ、ルービンシュタイン、ゼルキン、リパッティ、リヒテル、ギレリス、ブレンデル、シフラ等々。ヴァイオリニストでは、ハイフェッツ、クライスラー、シゲティー、シェリング、オイストラフ、スターン、グルミョー、ヌブー、オークレール、メニューヒン、ミルシュタイン等々。今にして思うと名曲喫茶は単にクラシックレコードを高級な装置で聴かせる場所だっただけでなく、実演を聴く機会がほとんど無かった当時の日本人が、世界の巨匠達の演奏を唯一ヴァーチャルに体感できる神聖なコンサートホールだったのかも知れない。
名曲喫茶は、その後の高度成長で国民の生活が豊かになるに従ってその存在価値を失い、次々と姿を消していった。家庭のオーディオ装置は皆グレードアップを果たしたし、高名な演奏家も続々と来日するようになったからだ。さらに、FM放送やテレビ番組のエア・チェック、ウォークマンやCDの出現が名曲喫茶の退潮に追い討ちを掛けた。
レコードに比べて音質が硬く空気感が希薄なCDを、どれも大して音が違わないCDプレーヤーで再生したところで有り難味は薄い。クラシック音楽はもはや特別な場所で聴く音楽ではなく、通勤電車の中やジョギングをしながら気楽に聴くBGMへと変化していった。そんな中で新宿東口の「らんぶる」は、時代の波をかいくぐって今も営業を続けている。店内は随分と広くカジュアルになり、地下にあった「名曲鑑賞室」もなくなってしまったけれど、昔の店の面影をあちこちに宿している。ここで高校のオケ部員やリュネールの仲間たちと音楽について熱く語り合ったあの頃が懐かしく想い出される。「らんぶる」という言葉の響きは今でもGmの心に特別な感慨を呼び覚ます。
(2005.08.12 by Gm)
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