テンちゃんのモノローグ
誰にも言わない話





お気に入りのソファーの上で
僕の名前はテンと言います。7年前にこの家に貰われて来ました。以前はナガノという所で独り暮らしのおじいさんに飼われていました。おじいさんはとても優しい人だったから、捨てられている犬を見るとどんどん拾ってきてしまうので、おじいさんの狭い部屋はいつも仲間で一杯でした。まだ小さかった僕は中々食事にありつけなくていつもお腹を空かせていました。今でも手足の骨がとても細いのはその頃の栄養不良と運動不足のせいだと思います。ある日とても困ったことが起きました。おじいさんが病気で入院してしまったのです。そしたら近所の人が家に集まって来て言いました。「この犬たちは処分するしかないだろうね」。「処分」の意味は良く分からなかったけど、人間が僕たちに何か怖いことをしようとしていることだけは分かりました。

僕たちは無理やりクルマに押し込められて保健所という所へ連れて行かれました。皆檻の中から大声で助けを求めたけれど、誰かが助けに来てくれるはずもありません。僕の短い犬生もこれで終わりかと覚悟した時、奇跡が起きました。ボランティアと呼ばれる人が僕たちのことを可哀想に思って里親を捜してくれることになったのです。暫くすると友達が1匹、2匹とボランティアの人に連れて行かれました。そしてある日とうとう僕が呼ばれたのです。ボランティアのおばさんが僕を抱っこして言いました。「お前はまだ小さくて良かったね。東京のGmさんとおっしゃる方が貰ってくれるって」。僕は運良く助かったみたいです。小さくて良いこともあるなんてこの時初めて知りました。とてもとても嬉しかったけど檻から出て行く僕の後ろで悲しそうに吠えていた仲間のことを今も時々思い出します。

Gmさんの家に着いたとき、5人の人が僕をのぞき込みました。パパ、ママ、うーらんち、ももじ、と、おばあさんです。おばあさんのことをなぜかパパとママだけは「おかあさん」と呼ぶこともあります。「あらー、小さくてとても可愛いじゃない」「ロンにそっくりだね」「随分大人しい犬だこと」「やさしい顔してるね」皆口々に僕を抱き上げて言いました。おおむね好印象を与えたようで安心しましたが、パパだけは「いかにも雑種って感じだな」と嫌味を言いました。このパパは時々カケガワという所から帰ってきては僕が一番嫌いな「高い高い〜」とかをするので、触られるとまた怖い事をされるのではとつい尻尾が下がってしまいます。因みにロンというのは僕が来る前に飼われていた犬の名前で、昔Gm家がナゴヤという所で飼っていたコッカー・スパニエルと同じ名前だったそうです。僕は「テン」と命名されましたが、これはママが昔飼っていた犬の名前のようで、どっちにしろ安易なネーミングですね。2代目ロンは二子玉川にある「イヌタマ」という所から千円で買われてきた雑種で、とても可愛がられていましたが、ある日突然塀を飛び越えて失踪してしまったらしく、家族で手分けして近所の電柱にポスターを貼ったり、遠くまで捜しに行ったりしたけれど、とうとう帰ってこなかったそうです。
パパは時々こんないたずらをします

僕は初めは2階にいるパパの家族と一緒に暮らしていました。僕は室内犬という柄ではないのですが、フィラリアとかいう病気に罹らないように僕の大きな段ボールのベッドは玄関の中に置かれていたので徐々に室内に侵入できました。1階のおばあさんは可愛がっていた2代目ロンが家出をしてしまったことにショックを受けていて「もうあんな辛い思いはしたくないから」と言って僕と距離を置こうとしているように感じました。でもその内に「散歩は私が連れて行くから」とか「ご飯は私があげておくわ」とか言いながら色々と僕の世話をやいてくれるようになり、いつの間にか僕のベッドも1階に移されて、気が付いたときにはすっかりおばあさんと二人暮らしになっていました。でも僕は優しいおばあさんと一緒に散歩に行ったり、お庭で遊んだり、おばあさんの「お謡い」を聴いたりしている時が一番幸せです。

僕は自分で言うのもなんですが、食べ物のことしか頭にないと言っても良いくらい食いしん坊です。それはナガノにいた頃のトラウマとかっていうやつでしょうか。でもGm家では僕の健康のためと言ってドッグフードしか食べさせてくれません。もう飽き飽きです。以前は家人の目を盗んではテーブルの上のご馳走を賞味したりしていたのですが、最近ではガードが堅くなってそれもままなりません。何時だったか、おばあさんの買い物かごからサンマを失敬した時には「お前は猫じゃないんだからね!」とこっぴどく叱られました。そこで先日台所にあったキャベツをかじってみたらこれが結構いけるのです。半分くらい食べたところでおばあさんに見つかり、またお目玉かと思ったら意外にも「キャベツなら食べても肥らないわね」とかで許してもらえました。でもそれからというもの、おばあさんは僕に何かをやらせたい時に「じゃ、これをあげるから」と言ってはキャベツの葉っぱをくれますが「僕はウサギじゃないんだからね!」と言いたいです。

番犬じゃありません

食べること以外については実に大人しいもので、めったに吠えたりすることもありません。僕はGm家に来た当初、失語症ではないかと思われていたほどです。でもある日、ご飯を貰う時に「早く!早く!」と言ったら「テンが吠えたよ!ちゃんと声が出るんだ」と大騒ぎになりました。また、朝夕お散歩に行くのはとても楽しみですが、他の犬と会ったり友達になったりするのも苦手です。余り相手が僕のことをしつこく嗅ぎまわったりすると「ウー」と唸ったりします。夏は木陰で、冬はストーブの前で丸くなってうとうとするのが好きです。僕はやっぱり前世は猫だったのかも知れません。「テンじゃ番犬にならないね」と皆僕のことを非難がましく見ながら言います。でもこの間あるテレビ番組を見ていたら、愛犬はいざという時に主人を守るか?という実験をしていました。散歩中に主人がぬいぐるみの熊に襲われるのですが、何と100匹中97匹の犬が襲われている主人を置き去りにして逃げてしまったそうです。そりゃ誰だって自分の命の方が大事ですよね。だから僕の登録の時に保健所から貰った犬マークをあちこちに貼ることが何よりの防犯になると思ってください。

おばあさん大好き!

(2005.10.30 by Ten)

 

僕はもう今年で10歳になります。何となく顔や口の周りに白髪が目立ってきました。お散歩の途中で疲れてしまって一休みしたくなることも多くなりました。犬はドッグ・イヤーといって人間の6倍の速さで歳をとるそうですから、もう何年かするとおばあさんの歳を追い越してまうかもしれません。僕は口にこそ出しませんが、こんなに楽しく長生きできたのもGm家の人たちが僕を「処分」から救ってくれたお陰と感謝しています。僕はいつか天国に行っても大好きなおばあさんと一緒に暮らしたいと願っています。でもその時はドッグフードやキャベツよりも美味しいご馳走をくださいね!