ベートーヴェンのクラリネット

 先生はクラリネットを好きだったか?

 

 
 
以前、オケの木管仲間と談笑していたとき面白いことがあった。「ベートーヴェンてクラリネットが好きだよねー」と言うと、即座にフルートやオーボエやファゴットさんから猛烈な反論が来たのだ。皆、具体的な曲名やメロディーの数々を挙げて、自分の楽器こそベートーヴェンが最も愛していたと主張して譲らない。

なるほど、聞いてみればそれぞれに説得力があり、自分の思い込みによる不用意な発言を恥じたが、もしそこにホルンやティンパニーやコントラバス奏者がいれば、オケ内全面バトルが始まっていたかも知れない。
それほどベートーヴェンは、各楽器の特性や潜在能力を極限まで引き出し、演奏者のモチヴェーションを高めていたのだ。あらためて管弦楽法に革命的変化をもたらした偉大な作曲家なのだと思い知らされた。

ここでは少し冷静に、ベートーヴェンが9つの交響曲の中で、クラリネットをどのように活躍させたか年代順に見てみよう。参考として、交響曲を作曲する以前に書いたクラリネットを含む室内楽作品2曲を併記した。
因みに、晩年のモーツァルトが、親友シュタートラーのために、クラリネットの魅力を余すところなく描いた協奏曲K.622は、それらに先立つ6年も前の1791年に書かれている。 
 
 Septettを書いた頃の肖像
ベートーヴェンは管楽器のための協奏曲を書かなかった。モーツァルトはクラリネットの他、フルート、オーボエ、ファゴット、ホルンに協奏曲を書いたし、ほぼ同時代のウェーバーも、クラリネットとファゴットに協奏曲を遺している。
決して管楽器の名手に出会わなかったはずがないが、楽曲を通じて壮大な新しい世界を創造したいベートーヴェンにとって、単音しか出せず、音量や表現の幅も限られる管楽器には興味が湧かなかったのかも知れない。

作品20のセプテットでも分かるように、ベートーヴェンは若い頃からクラリネットを熟知していた。フルートではなく、オーボエでもなく、クラリネットにソロ・ヴァイオリンと同等の役割を演じさせている。
この明るく親しみやすい曲はたちまち大人気となったが、ベートーヴェン自身は、「あのセプテットを書いたベートーヴェンさん」と言われるのを大層嫌ったという。
なぜか時の女帝マリア・テレジア(作曲当時没後20年)に献呈されたセプテットは、サロン音楽の域を出ない娯楽作品と自覚していたのだろうか。

もし、天国にいるベートーヴェンに、「クラリネットはお好きでしたか?」と訊いたら何と答えるだろう?
「ん?そんなこと考えたこともないが、ま、何かと便利な楽器ではあったな」かも。
    
 2016/11/02 by Gm