ブラームスがミュールフェルトのために、クラリネット五重奏曲を書こうと決めた時、先輩作曲家であるモーツァルトの名作、イ長調の五重奏曲を超えてやろう、という野心を抱いたに違いない。
ミュールフェルトも、大家ブラームスにモーツァルトやウェーバーなどを吹いて聴かせ、助力を惜しまなかったと聞く。ブラームスは特に、天国的に美しいモーツァルトの第2楽章ラルゲットにどう対抗するか?熟考したことだろう。
A管指定で、第1楽章を6/8のロ短調で始めたブラームスは、第2楽章では敢てモーツァルトと同じ、3拍子のDurを選んだ。テンポもほぼ同じアダージョ。その上、弦も同じく弱音器付きという念の入れようである。真っ向勝負だ。
弦の伴奏こそ、ブラームスらしい2拍3連が複雑に絡み合うどろどろリズムだが、興味深いのは、モーツァルト冒頭のソロが奏でる付点4分音符と8分音符3つからなる動機
が、ブラームスでも反行型として、しつこく(冒頭41小節間だけでも8回)繰り返されることである。
そこで本題だが、この動機をブラームスは一つの塊としてスラーで結んでいる。これがクラ奏者には悩みの種だ。ブラームスが書いたフレージング通りに演奏しようとすると息が持たない。8分音符の後で吸うのは不自然だろう。そこで演奏者は良心の呵責を覚えつつ、スラーの途中でブレスする必要に迫られるのだ。
音楽を壊さず、どこで息を吸うべきか?ドイツ管名演奏家達とGmのブレス位置をチェックしてみた。
L = マエストロ・ライスター アマデウス弦楽四重奏団 1967年
S = ザビーネ女王 ウィーン弦楽六重奏団団員 1990年
P = プリンツ教授 ウィーン室内合奏団 1980年
W = レジェンド・ウラッハ ウィーン・コンチェルトハウス四重奏団 1952年
G = 素人Gm
青い○は、衆議一決箇所である。19小節目は、女王だけブレスしていないが、これはどうも編集っぽい。ここで吸うエクスキューズは、その下の段25小節目の似た音型で、ブラームスがやっとブレスを許しているからである。スラーぶった切り箇所は、ここと23小節目の2カ所という結論だ。ミュールフェルトもここで吸ったのだろうか?
全員に共通しているのは、26と31小節の最後、導音gis と次のa の間では絶対ブレスしない、という固い決意。31から32にかけてppで吹き、オクターブ跳躍するのは、結構きついが、曲の神髄に迫るのは苦しいことなのだ。因みに、29小節目にあるdim.を字義通りに解釈してpppにする必要はないと考える。ブラームスのdim.はpoco rit.に近い。教授はむしろ前のpに戻している。
なお、第2楽章の中間部は有名なハンガリー(ジプシー)風のメロディー。少しテンポを落とし、拍子は4/4となるが、私見ではここも3拍子。4拍目は3拍語尾の自由なアドリブと見るべきだろう。中間部にブレス問題はない。
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モーツァルトとブラームスのクラリネット五重奏曲。どちらも晩年の作品ながら両者には100年もの隔たりがある。当然、時代背景も楽器の性能も違うから、どちらが優れているか比較するのは意味がない。
哀しいまでに澄み渡った青空のようなモーツァルト。
生涯を回顧するかのように追憶と郷愁に満ちたブラームス。
この異なる二つの世界を余すとことなく描き出すクラリネットを吹く喜びに、唯々感謝するのみである。
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