犬も歩けば棒に当たる。招待券を戴いて行った演奏会で、長年のルプタチクの謎が解けた。先日サントリーホールで行われたスロヴァキア・フィルハーモニーの演奏会。プログラムは「売られた花嫁」序曲、ドヴォコン(チェロ)、ドヴォ8、という定番のお国物だ。ふと、プログラムのメンバー表に目を落とすと、クラリネットの首席にJozef
Luptacikとある。
げ!も、もしかしてあのJ・ルプタチク???、と言っても分からないだろうが、以前「おすすめCD」の「安らかな気分で聴くクラリネット・コンチェルト」の締めくくりに、経歴不祥なJ・ルプタチクという演奏者について以下のような推理を書いた。
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3人のヨーゼフのサイン |
『ある業者が廉価盤のCDを作って一儲けたくらんだ。白羽の矢が立ったのがギャラが安い東欧はスロヴァキアのオケ。ソリストを頼むとコストが上がるのでクラの首席をソリストに。この人、この国では有名なクラの大御所で、スロヴァキアのハッポ先生と呼ばれている。つねづねチェコが国際化し、クラの音も無個性化してしまったことを嘆いています。2ndクラは強力なコネで入った彼の弟子。オケのメンバーは彼の多分一度限りのチャンスに心から声援を送っています。録音は無情にも1回限りで録り直しは無し(編集するとカネが掛かるから)。マイクやレコーダーは「テポドンスキー」という(勿論)安物です。ちょっとうがち過ぎかしらん? 誰かルプタチクを知らないか?』
その後、「東欧クラリネット事情」で書いたように、ハンガリーのブダペストでジプシー楽団のクラリネット奏者に尋ねたものの、結局ルプタチクが誰なのか判らずじまいだった。今思えば、彼が隣国スロヴァキアの奏者の名前なぞ知るはずもない。
さて、メンバー表のクラセクションには、Jozef Luptacik (solo & principal)、Jozef Elias (solo)、Jozef Uhlialという3人の名前が並んでいた。一体、ステージ上の誰がルプタチクなのだろう?
前プロの「売られた花嫁」は1stが青年、2ndがおじさん其の1。ドヴォコンも1stが青年、2ndがおじさん其の2だった。これで3人出揃ったわけだが、おじさん1、2は共に45歳前後と見受けられる。すると、J・ルプタチクがスロヴァキア・クラリネット界の大御所おじいさんだとする自分の推理は全くのハズレだったのか?
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ヨーゼフ・ルプタチクJr.(左)と、ヨーゼフ・ウーリアルさん |
メインのドヴォ8で、1stの席に座ったのは、何と「売られた花嫁」で2ndを吹いていたおじさん其の1だった。
がっちりした体型に大きく優しい目。そうか、彼があのJ・ルプタチクだったのか!
音を聴いて更に確信した。前2曲を吹いたElias青年の音が、良くも悪くもインターナショナルな美音だったのに対し、ルプタチクおじさんの音は、あのCDのように弦によく溶け込む倍音の多い軽めの音だったのだ。でもなぜかCDのようなヴィブラートはなく、音程も完璧。プロに対して失礼だが、レコーディングの時より随分と上手くなったものだ。
このまま楽屋を訪ねずに帰っていれば、驚きの真実を知ることはなかったろう。分厚く温かい手で迎えてくれたルプタチクさんに、「私はあなたが吹いたモーツァルトのコンチェルトのCDを持っています」と伝えると、一瞬怪訝そうな顔をしてこう言った。
「ああ、それは僕の父だよ」・・・!!!
ルプタチク父子は、ヨーゼフという名前も一緒で、かつて同じスロヴァキアフィルで吹いていたという。なーるほど、そういうことだったのか、、、。
「僕はお父さんのトラディショナルな柔らかい音が好きでしたよ」と伝えると、彼は嬉しそうに笑った後、「でも父は62歳で亡くなってしまった」と言って顔を曇らせた。
ヨーゼフ・ルプタチク父が守ってきたボヘミアの個性的な音色と奏法は、息子の代で希薄となり、Elias青年の代で完全に消え去るのだろう。時代の流れとはいえ、何だか淋しい。
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