7〜12キイクラリネット
1870年代に近代クラリネットの原型とも言える5キイが開発されると、堰を切ったように続々とキイが追加されていくことになります。6番目、7番目はb/fとcis/gisキイのようですが、その後は百花繚乱状態で全く順不同。
モーツァルトのコンチェルトですら第2楽章に控えめながら半音階が出てくる位ですから、クロスフィンガリングを使えばとっくに出ない音はなかった訳ですが、演奏者がテクニックを誇示したり、作曲者が更なるスピードを要求するに従って“無いよりはあった方が便利なキイ”が続々と考案されていったのでしょう。

フィンランド生まれの名クラリネット奏者ベルンハルト・クルーセル(1775-1838)は、自ら作曲したクラリネット・コンチェルトを10キイで吹いたと言われていますが、実際にストックホルム博物館にある、ドレスデンの名工グレンザー製の彼の愛器は、左図の12キイからh/fis補正キイを除いた11キイです。なお、誰でも考え付きそうなgisキイは意外にも新しいキイで、それまでgisはaキイを押したまま左手中指で上から2番目の音孔を押さえれば良かったので余りニーズがなかったということでしょうか。

さて、新設されたes/bやf/cのクロスキイはどんな目的で追加されたかと言えば、半音階をメチャ早くやるためだったのではなかったのか?とにらんでいます。その証拠にクルーセルのb-durコンチェルトのソロ冒頭には中音のCから上のCに至る特急12連譜半音階が書いてあるではないですか。

ここ以外にもやたらと(得意げに)速い半音階が出てくるのですが、当時の聴衆はそれを聴いて『おー、スゲー!』と思ったに違いありません。

因みに、これまた意外なことにf/cのサイドキイはまだありません。中音のファはアルト・リコーダーと同じように、左手中指1本で出していたのです(速いパッセージ以外では音程が高目なので右手人差し指などを添えましたが)。ですからf-mollコンチェルトの楽譜をエーラーで吹いて、昔の人は凄かった!なーんて考えるのはちょっと早とちり。ミ♭もファもクロスフィンガリングを使えば今よりずっと簡単なのですから。

とは言っても、H・ベールマンやヘルムシュテットがウェーバーやシュポアのコンチェルトをこんな火縄銃的なクラリネットで吹いていたという事実は実に驚きです。エーラー式という機関銃を持つ私に、天国から『お前、何で出来ないんだ?文句ばっか言ってないで練習しろよ!』という彼らの叱責が聞こえて来るようです。