13キイ(ミュラー式)

ドイツのクラリネット奏者イワン・ミュラー(1786-1854)が試行錯誤の末1810年頃発明した13キイクラリネットは、直接現代のエーラーに繋がる画期的なものでした。

ここに至って右手小指で押す下管のf/cキイが初めて設けられました。従来は下管に瘤(こぶ)のような膨らみを作ってそこからファゴットのように斜めに音孔を開けていたのですが、この遠隔操作キイによってあるべき所にあるべき大きさで孔を開けることが出来るようになったのです。きっと音抜けや音程が格段に良くなったことでしょう。

それと、上管のf/cクロスキイは右サイド(向かって左)に移されました。クルーセルが使った特急半音階用?f/cクロスキイによって、人々はレとミの間に孔を開けた方がクロスフィンガリングよりずっと良い音のファが得られることを知りましたが、あの位置ではファの次にレやドが来た時に不便だったのでしょう。ドイツ人はいつの間にかまたf/cクロスキイを復活させましたが、ウィーンの人達は今でも『あんなもの、要らねえよ』と強がりを言っています。

外観上の大きな変更はタンポ皿が丸くなったこと。従来の四角い蓋のような形状よりずっとモダンに感じられます。またタンポ自体も羊毛を腸皮や皮で包む方式となりました。キイも徐々に2本の鍵柱(キイポスト)を管体に埋め込んでからネジや軸(芯金)で固定されるようになり、強度が増すとともに管体に凹凸がなくなりスマートになっていきます。
 
キイの形状も人間工学的に優れた物になり、バナナキイの原型をこのあたりから見ることが出来ます。さらに、レジスターキイからの水漏れを防ぐチューブを取り除くため開口部を側面に移しかえたのもミューラーの発案でした。
ミューラー式をベースに1830年頃にはh⇔cisやc⇔esのスライドがやり易いようにローラーも考案されていますが、こうなるともうリングキイや若干のトリルキイが無い以外は次世代のベールマン式やエーラー式とほとんど変わりません。 12キイまでを火縄銃、現代のエーラーを機関銃に喩えれば、この13キイのグッドルッキングなミュラー式はさしずめ西部劇に出てくるウィンチェスター銃でしょうか。
ミューラーは優れた教育者でもあり、今では常識のリードを下にして吹くことや先端が薄いリードを使うことを推奨しましたが、ドイツ管の発達とドイツ奏法にミュラーが果たした役割りは非常に大きかったと言えるでしょう。