5キイ、6キイクラリネット
18世紀の半ばになって、デナーの2キイクラリネットに付加された3番目のキイはBのe/hキイでした。管長を半音分延ばして最低音をファからミとし、レジスターキイを押してミの12度上のシを出そうというグッド・アイデアで、これによってクラリネットは初めてまともにシの音が出せるようになったのです。これを考えたのはデナーの息子イワンだったそうですが、だとすると親子揃って天才職人だったのですね。

3キイクラリネットこそはドイツクラのご先祖様ですが、その後次々に便利なキイが加えられます。4番目はgis/disキイです。この音はリコーダーのようなダブルホールの片方かシングルホールを指で半分ふさぐ他に出しようがなかったからです。5番目はfis/cisキイです。fis/cisもこのキイが無ければ出しようがありません。この5キイのクラリネットはもはやソロ楽器としての性能を完全に備えていて、18世紀後半の名手ヨゼフ・ベールやフランツ・タウシュは、これでシュターミッツ父子のコンチェルトなどを吹いたのです。

管体に用いられた木は、堅く粘り気があり工作精度が高い伝統的なツゲの木で、キイは真鍮製、パッドにはフェルト片が貼られていました。全体が5つないし6つに分解でき、マウスピースや樽も独立します。各ジョイント部には割れ防止と装飾を兼ねて当時とても高価だった象牙が用いられました。

さて、アントン・シュタートラーが後年使用したとされる6キイのクラリネットはどのキイが増えたのでしょうか?cis/gisキイだと書いてある本もあり、実際そのような楽器もいくつか存在しますが、私はシュタットラーに限ってはb/fキイではないかと思います。なぜならモーツァルトのクラリネット五重奏曲にはこのキイがなければ演奏不能なミのトリルやターンが何箇所もあるからです。

『おい、モの字、今度手に入れた新型クラはミのトリルができるんだぜ。他の奴が真似できないように曲の中で使ってくれよ』、『あー、いいともアントン、お安い御用さ。その代わりちょっとお金貸してよー』なんていう会話が交わされたかも?

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