カール・ライスターのレッスン
エーラーの魔術師のテクニック




ライスターは毎年のように日本を訪れては各地でクリニックを開催しているから、きっとブラームスのソナタやモーツァルトの協奏曲は飽きるほどレッスンしているに違いない。ここはひとつ、ライスターを本気にさせる曲を持っていこう、と選んだのがマックス・レーガーのB-durのソナタだった。その作戦は功を奏したようだ。

「次は君かね?ほう、ジャーマン・システムか。曲は何?、、、おう、レーガーか!」。やにわに椅子から立ち上がったライスターはまくし立て始めた。「レーガーのソナタは、とにかくピアノが難しいんだよ。私が19歳の時、もうプロとしてベルリンのコーミッシュ・オパーで吹いていたんだが、あるコンクールにこの曲を持って出たのさ。ピアニストは1年間も掛けてこの曲と悪戦苦闘してたよ。もちろん私は一等賞をもらってきたけどね」。「私がレーガーの作品集をカメラータから出してるの知ってるかい?何だ知らないのか。銀座の山野かヤマハにあるから買いなさい。レーガーの作品はどれも長いから、タランテラまで含めて全作品を収録するにはCD2枚が必要なんだ。この録音の時、私はレーガーを演奏する理想的な音を出すために、あらゆるマウスピースを試したんだ。その結果、ココボロの木製マウスピースが最適だと判ってそれを使って録音したのさ」云々。

それからの1時間に亘るレッスンは、僕にとって驚きと発見の連続だった。耳元で吹いてくれたライスターの音はどこか遠くから聴こえてくるように響いた。単に柔らかく優しいだけの音ではなく、様々な倍音がフレーズにより微妙に変化して多彩な表情を創り出していく。まるでクラリネットがうたを歌っているようだ。レッスンから受けた多くの感動を言葉にすることは難しいが、説明や理解がしやすい技術的な点を中心に曲に沿って紹介しよう。

冒頭の息の長いフレーズ。頭のppはmpから始めないとデクレッシェンドが利かない。指使いは必ず記入するように。息継ぎをするなら3小節目の2拍目しかない(僕は一息で吹いた)。驚いたことにライスターは3小節目の頭のBを順次進行にも関わらずガーベル(フォーク)を使った。
頭のHは高くなるから必ず右手薬指のリングを押さえなさい。Esは左手薬指(4)で。 下のHも高いから左右の小指を添えるように。
いいかい、余ってる指は全部音程と響きのために使うんだ。
最初のGisと最後の小節のGからBまでの音は右手を全部塞いでいるように。

上のEへの跳躍にはGの指使いから左手親指を半分開ければスムーズにスラーが付く。

頭の付点2分、esからgesにかけては「厚い雲の合間から陽が差し込んでくるような感じ」で。
他にも「まるで猫が歩いているように静かに」とか「春風のように爽やかに」等比喩が上手い。


上段と下段の2箇所にライスターが書き込んだ5Lという記号は、左手小指でブロークンハート・キイのFを使えという意味。「このキイは飾りじゃないんだよ」と。あくまで滑らかなスラー実現のため。Lはドイツ語のLinke(左)。なお、ブロークンハート・キイはGmの造語なので他所で使っても通じません。

その他もろもろ:
・パテントcisはこの曲では使わないね?その場合は外しておきなさい。音程調節がおかしくなるよ。
・YAMAHAのカスタム・エーラーはブリツァーのコピーだ。
(知っています。あなたがベルリン・フィルで使っていた70年代のブリツァーですよね)
・ViottoのマウスピースはZinnerをベースにしているから内径がブリツァーより狭い。だから少し音程が高めになる。
(これは事実。でも材質の関係で音質は良い)
・タルを1mm程抜いていたのだが、「もっと長いタルを使った方が良い。ブリツァーのタルをイシモリに注文しなさい」と言って自分のタルを貸してくれた。
(レッスンを聴いていた人の話ではタルを替えたら音色が良くなったそうだ)
・自分はブリツァーのマウスピース(★が2つ付いていた)をツェレツケ氏(元ベルリン・ドイツオペラの首席で元ベルリン音大教授)に削ってもらったものを使っている。
(氏のリードはヴァンドレンのV12だった)
・指を高く上げてはいけない。特に中音のF(右手人差し指)は決して立ててはいけない。何時も丸くしてリングのすぐ上にあるように。
(実際にやって見せてくれるのだが、今どの指が上がっているのか判らない位動きが少ない)。

余談だが面白い事があった。他の生徒をレッスンしている時のこと、ベームの上のCの音色がどうにも気に入らないライスター先生、急にGmの方を振り向くと、あのホルツ会員の証であるエーラーのCのフィンガリングのサインをしていたずらっぽく笑ったのだった。

 (2006.09.24 by Gm)