謎の老試験官

入社後、この試験官がS氏であると知るまでにそう時間はかからなかったが、大正生まれの某有名大学理科系卒で、故川上源一会長の音楽ブレーンであるとの噂を聞いたことがあるだけで、事実は依然謎に包まれたままだ。

会社には英国のAustinという古い（というかポンコツの）小さなクルマに乗ってきて、何時も本社事務所の玄関前に停めていた。クルマの調子はどうですか？と尋ねると普段の鋭い目つきが途端に柔和になった。

入社試験でS氏が言いたかったのは「決まった調でしか弾けない、専門楽器以外のことは知らない、一つの楽器しか演奏できない、というような人はこの会社には要らないよ」ということだったのだろう。クワバラ、クワバラ。