ドイツ管の定番曲

私的曲目解説(リサイタル・プログラムより)





シューマン (1810-1856) : 3つのロマンス作品94
Robert Schumann:Drei Romanzen Op.94
13歳年下だった若きブラームスの才能を高く評価し、広く世の中に紹介したロベルト・シューマンが、1849年、39歳のときに作曲した作品です。曲は3つの部分からできていますが、2曲目(素朴に、心を込めて)はよく演奏されるので、聴き覚えがあるかも知れません。なお、1曲目と終曲にはNicht schnell(速くなく)としか書かれていません。
以前、所属していたオーケストラの練習場でこの曲の一節を吹いていたところ、フルートさんが「それって、フルートの曲でしょ?」と言い、それを聞いたオーボエ君は「違うよ、オーボエの曲だよ」と論争になりました。ヴァイオリンやトロンボーンでも演奏することを最近知りましたが、オリジナルはオーボエ用です。
なぜ色々な楽器で演奏されるかというと、ひとえにシューマンらしい幻想的でメルヘンなメロディーと、ピアノが奏でるハーモニーの美しさによります。 ですが、ソロには休みがほとんど無く、ずっと吹き詰めなので、どの管楽器奏者も「あの曲、めちゃキツイよねー」と異口同音にこぼします。
因みに、終生ブラームスと深い親交で結ばれていた、シューマンの妻クララにも「3つのロマンス」というオーボエの曲があります。 

シューマン (1810-1856) :幻想小曲集作品73

Robert Schumann:Fantasiestücke Op.73
シューマン39歳、円熟期の作品。出版された楽譜にはクラリネットの代りにヴァイオリンかチェロを用いても良いとの指示がありますが、全編に流れる美しいメロディーにより、ヴィオラやオーボエ・ダモーレ、フリューゲルホルン等でも演奏されています。ピアノの分散和音に隠されたメロディの断片やメルヘンな詩情がとても魅力的ですが、全曲を通じてフレーズが長い上に、ソロはほぼ休みなく吹き続けなければならないので、管楽器奏者にとっては結構ハードな曲です。3曲とも4/4拍子ですが、曲ごとにより速く、より激しくなっていきます。因みにシューマンは作品12と作品111のピアノ曲、作品88のピアノ三重奏曲にも「幻想小曲集」とネーミングしています。

第1曲 Zart und mit Ausdrück (優しく表情豊かに) 4/4拍子
悩ましい物思いに耽るようなメロディが印象的な、静かでゆったりとした曲です。
第2曲 Lebhaft, Leicht (元気よく軽快に) 4/4拍子
おとぎ話のような前・後半部分と子供が戯れるような中間部から成っています。
第3曲 Rasch und mit Feuer (速く情熱的に) 4/4拍子
開始からコーダまで激情ほとばしる曲です。曲に負けない温度で演奏しなければなりません。

ブラームス (1833-1897):クラリネットソナタ第1番へ短調作品120-1
Johannes Brahms:Sonate für Klarinette und Klavier f-moll Op.120 Nr.1
64歳で亡くなったブラームスは、61歳になってクラリネットソナタを2曲作曲しました。第1番ヘ短調と第2番変ホ長調ですが、ほぼ同時に書き進められたため、作品番号は枝番となっています。ブラームスの作品番号は122までなので、最後期の作品です。
前2作、クラリネット三重奏と五重奏が、落ち着いた音色のA(アー)管用だったのに対し、ソナタは音色が明るく、運動性が良いB(ベー)管のために書かれていて、どちらもブラームスのピアノ、ミュールフェルトのクラリネットによって初演されました。
2曲とも、クラリネットの幅広い音域や、多様な表現力を存分に発揮させていますが、特に第1番には、最晩年のブラームスの孤独感や諦念が色濃く反映されています。
曲は4つの楽章から成っていて、それぞれ、情熱的に、ゆっくりと、優雅に、快活に、という指示が与えられています。
なお、ピアノの名手だったブラームスらしく、ピアノパートは音数が多く重厚で、技巧的にも大変難しく書かれています。

ブラームス (1833-1897):クラリネットソナタ第2番変ホ長調作品120-2
Johannes Brahms:Sonate für Klarinette und Klavier Es-Dur Op.120 Nr.2

ブラームスは、功なり名を遂げた晩年になって創作力の衰えを感じ、遺書までしたためようとしましたが、マイニンゲン宮廷オーケストラの若きクラリネット奏者、リヒャルト・ミュールフェルト(Richard Mühlfeld)の卓越した技巧と表現力に魅了されて俄然創作意欲を取り戻し、彼のためにクラリネット三重奏曲、クラリネット五重奏曲、そして2曲のクラリネットソナタを立て続けに作曲しました。今日演奏するクラリネットソナタ第2番変ホ長調は、それらクラリネット4作品の掉尾を飾る、唯一長調で書かれた作品です。また、終楽章(第3楽章)は変奏曲作曲家として名高かったブラームスの最後の変奏曲でもあります。
なお、ブラームスはピアニストとしてデビューしたほどの名手であったため、ピアノパートはやたらと音数が多く、弾きこなすにはかなり高度なテクニックを要求されます。

第1楽章 Allegro amabile 4/4拍子
「スプリング・ソナタ」を想わせるように軽やかに始まりますが、テーマが展開されるにつれてブラームスらしい晦渋さを増していきます。楽譜にはamabile(愛らしく)と書いてありますが、絞り出すような悲痛な叫びを思わせる箇所もあり、とてもそのようには吹けません。ピアノの透明なメロディとクラリネットの分散和音だけの静かな終結部には、人生を達観したブラームスの溜息が聴こえてくるようです。

第2楽章 Appassionato, ma non troppo Allegro 3/4拍子
一転して挑戦的かつ情熱的に開始されます。まるでブラームスのハートにはまだ熱く命の炎が燃え盛っているかのように。ですが、ma non troppo(やり過ぎるな)と指示されているように、どこか理性の抑制が効いています。テンポを落とした荘厳な中間部を経て再び冒頭の旋律が戻ってきますが、急に訪れる長い休止の後の漂うような旋律は、どこか秋風が吹き込むような孤独感を感じさせながら、あたかも落ち葉のように次第に低く静かに消えていきます。

第3楽章 Andante con moto 6/8-2/4拍子
主題と5つの変奏曲、そして長大なコーダ(終結部)から成っています。ブラームスがウィーン郊外の散歩道をそぞろ歩くような主題が次々に変奏されて、原型をとどめないまでに変容していく過程は、変奏曲を得意としたブラームスの面目躍如たるものがあります。クラリネットの3連符で静かに始まるコーダは徐々に速さと強さを増し、ついには勝ち誇るかのように輝かしく終わります。

ブラームス (1833-1897): クラリネット三重奏曲イ短調作品114
Johannes Brahms:Trio für Klavier, Klarinette und Violoncello a-moll Op.114
1891年、マイニンゲンで開催された演奏会で、ミュールフェルトが吹くウェーバーのクラリネット協奏曲第1番を聴いたブラームスは、クララ・シューマンに宛てて「誰も当地のミュールフェルトほど上手にクラリネットを吹くことはできません」と書き送りました。
それまで、幾度もの指揮や作品の初演を通じて、マイニンゲン宮廷オーケストラの首席奏者ミュールフェルトにぞっこんだったブラームスは、この年、クラリネット三重奏曲と五重奏曲を相次いで完成させます。
創作力の衰えを感じ、遺書まで用意したブラームスが、室内楽の秀作と目されるこの霊感に満ちた2曲を、1年間で創作したとする通説は不自然で、ブラームスが長年ミュールフェルトのために書き留めておいたスケッチを、この年に集大成したのだろうと私は考えています。
ブラームスのクラリネット4作品の中で、この三重奏曲が最も幸福で親しみやすい旋律にあふれています。雄渾な第1楽章、躍動的な第4楽章では、チェロが主導的な役割を果たし、クラリネットがそれに付き従う形を取ります。逆に、穏やかな第2楽章、優美な第3楽章では、クラリネットが先に歌い出し、チェロがそれを優しく支えます。ブラームスはこの曲で密かに、チェロにヨハネス自身を、クラリネットにクララをなぞらえたと考えるのは穿ちすぎでしょうか。

第1楽章 アレグロ 2/2拍子
チェロが開始する雄大な主題は、実現に至らなかった第5交響曲のためのものとの説もあります。優しい第2主題もチェロからクラリネットに受け渡されます。ブラームスは、クラリネットの最低音から最高音域までの異なったキャラクターを遺憾なく発揮させています。
第2楽章 アダージョ 4/4拍子
チェロとクラリネットの対話は、あたかも恋人同士の囁きのようでもあり、中間部で互いに高揚した後、ユニゾンで幸せなメロディーを奏でる箇所は、この曲の白眉と言えるでしょう。
第3楽章 アンダンティーノ・グラチオーソ 3/4拍子
優雅だがどこかしら寂しさが漂う舞踏会。それは宮廷で開催される華やかさとは無縁な、もっと家族的で温かなもの。楽しかった昔を懐かしむように減速しつつ曲は閉じられます。
第4楽章 アレグロ 2/4拍子
快活で飛び跳ねるような主題がチェロによって奏された後、クラリネットがそれを変奏して受けます。伸びやかな第2主題も同様です。8分音符、3連符、16分音符が複雑に織り合わされ、3つの楽器が次第に熱を帯びながら輝かしいコーダへと向かいます。

モーツァルト (1756-1791) :クラリネット五重奏曲イ長調K.581
Wolfgang Amadeus Mozart:Quintett für Klarinette und Streichquartett A-Dur K.581

多くのクラリネット作品がそうであるように、モーツァルトの五重奏曲も、やはり優れたクラリネット奏者との出会いによって産み出されました。シュタートラー五重奏曲という別名が示す通り、この曲はウィーン宮廷オーケストラにいたクラリネットの名手、アントン・シュタートラー(Anton Stadler)のために作曲されました。時にモーツァルト33歳、この世を去る2年前の作品です。シュタートラーは、クラリネットの低音域を好み、現在のクラリネットより2音低いドまで出せるバセット・クラリネットを開発しました。
モーツァルトの自筆楽譜は残っていませんが、この曲も音型からバセット・クラリネットを念頭に書かれたものと思われます。当時のクラリネットはキイが5つか6つしかありませんでしたが、モーツァルトはクラリネットの広い音域を縦横に駆使して、その機能性と表現力を最大限に発揮させています。同時に、モーツァルト晩年の深い哀しみが、そこここに顔を覗かせているのがこの曲の大きな魅力でしょう。

第1楽章 Allegro 4/4拍子
何度か映画音楽にも使われた有名な曲です。ほとんど音階と分散和音で出来ていますが、モーツァルトの手に掛かるとなぜこうも深い意味を持つのでしょう。特に多くの係留音を含む揺らめくような第2主題は魅力的です。長調なのに僕の耳にはなぜか短調の曲のように聴こえます。

第2楽章 Larghetto 3/4拍子
出だしの音と形がクラリネット協奏曲K.622の第2楽章とそっくりなので、実際に本番で間違えた奏者もいたそうです。どちらも晩年のモーツァルトの内面を映し出した哀しいほどに美しい音楽ですが、こちらの五重奏曲の方がフレーズが長いので、何箇所かは殆んど窒息状態で吹くことになります。

第3楽章 Menuetto 3/4拍子
唯一翳りのない楽しい踊りの楽章です。クラリネットは休みが多く、それほど難しい所もないのでのびのびと吹けますが、ヴァイオリンをはじめとする弦楽器は出番が多いので大変なようです。

第4楽章 Allegretto 2/2拍子
天真爛漫な楽しい主題と各楽器の特徴を生かした4つの変奏曲、そしてアダージョとコーダから成っています。この楽章の出だしの2音(ミ→♯ド)は第1楽章冒頭の2音と同じです。
第1変奏 弦楽器が奏でる主題をバックに、クラリネットがその広い音域を誇示するかのように駆け回ります。
音の跳躍は2オクターブ以上に及びます。
第2変奏 セカンド・ヴァイオリンとヴィオラによる3連符の伴奏の上に、ファースト・ヴァイオリンが愛らしいメロディを飛び跳ねるように歌います。
第3変奏 一転して短調となり、モーツァルトが愛好したヴィオラが切々と語りかけます。反復が多いので聞き惚れていると何回目の繰り返しかが分からなくなります。
第4変奏 第2、第3変奏で充分な休養を与えられた(はずの)クラリネットに、再び活躍の場が与えられます。クラリネットにとってはこの曲最大の難所です。
Adagio 人生を回想するかのような孤独感が漂う間奏曲です。吹いていて涙腺を刺激される最も好きな部分です。
Coda 突如冒頭の主題がより速いテンポで戻ってきます。でもヴィオラの急きたてるような8分音符に乗って2回翳りが訪れます。「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」という小林秀雄の言葉を想い起こさせますが、最後は何事もなかったかのように明るく曲を閉じます。