ドイツ管の仕掛け
ベーム式 vs エーラー式




ドイツ式やエーラー式、或いはウィーン・アカデミー式など「ドイツ管」と総称されるクラリネットの音色と、一般のベーム式、つまり「フランス管」の音色の違いはどこから生まれて来るのだろうか?勿論全ての楽器ついて言えることだが「音色」はその楽器を構成するあらゆる要素が複雑に絡みあって形成されている。クラリネットについて言えば、管体の材質や密度、肉厚、表面処理、内径や音孔の形状、ジョイントやベル・リングの有無、キイの素材、硬度や成型方法(鍛造、ワイヤー・カットが最も良いとされている)、メッキの種類や膜厚、果てはオイルの粘度、ネジや針バネ、芯金の材質にまで及ぶ。かつて、たった2cmのレジスター・キイの芯金をステンレスから軟鉄に替えただけで音色や吹き心地がガラリと変わって驚いたことがあった。

だが、クラリネットの音色に最も影響を与えるのは、音を創り出す「仕掛け」(リードやマウスピースなど)だ。仕掛けこそは「音源」そのものであり、川に喩えれば「源流」である。一般論として「上流」に近いほど音色に与える影響は大きく、「下流」に行くほど影響は少なくなると言える。元々の録音が悪いレコードは、どんなに高価なカートリッジやアンプやスピーカーを使っても良い音で再生できないのと同じである。では、ドイツ管の仕掛けとフランス管のとそれとは、どこが、どのように、どれほど異なるのだろうか?
手許にあるリードやマウスピースをノギスを使って計測してみよう。

先ずはマウスピースから。

左はベーム式で最もポピュラーなヴァンドレンの5RVライヤー、右はエーラー式のスタンダードと目されるViottoのP+4。

外観では明らかにP+4が尖った印象だが、実測してみると長さ(73mm)と幅(28mm)はほぼ同一で、その他の寸法にも思いの外大きな差が無いことが分かる。

違いが顕著なところは薄緑色にしたが、ジョイント部分の外径ですらベームの22.0mmに対しエーラーは22.5mmに過ぎないから、コルク部分にティッシュでも一巻きすれば、5RVなどフランス管用のマウスピースをドイツ管に挿して吹くことだって可能だ。

両者の音色の違いを生み出しているのは、マウスピースのウィンドウ(開口部)先端の幅(ベーム11.5mm対エーラー10.5mm)とフェイシングの長さ(ベーム32.0mm対エーラー32.7mm)、それにチャンバー(マウスピース内部)の形状なのだろう。

チャンバーを下から覗くと、ベーム用は左右の壁面が縦に並行しているのに対し、エーラー用はハの字型に向き合っている。
なお、ベーム用としては他にB40、B(セルマー)4C(ヤマハ)、エーラー用はL−5、SM、N1、G3、B2(ヴリツァー)、ツィンナーも計測したが、ノギスレベルでは全く同一数値だった。

そしてリードだ。

一番左がベーム用として古くから愛用されているヴァンドレンの青箱。その隣がライスターが最近使用しているというヴァンドレンのV12。右の2つはジャーマン・タイプ(ウィーン・タイプではない)だが、僕が長く使ってきたシュトイヤーのS800と、最近好印象を持ったフォリエッタのDタイプである。

リードもマウスピースのウィンドウに合わせて先端の幅に1mmの差がある。リードにとっての1mmは約8%に相当するからその違いは大きい。クラリネット吹きならリードのサイド面をほんの少し削っただけで音色や吹き心地が大きく変わることを知っているはずだ。ベーム式クラリネットのパワー(音量)の源泉はここにある。

一方、エーラー式の音色の魅力はヒールの厚みとハート部分の長さにあると思われるのだが、V12では何とジャーマン・タイプ並みの厚さ(3.15mm)が確保され、ハート部分も明らかに盛り上がって長く延びている。

確かにこのカットなら長くドイツ管を吹いてきた奏者にもリード幅を除けば違和感を抱かせることはないだろう。リードの材質も良いから両サイドを0.5mmずつ削ればすぐにも使えそうだ。

興味深いのは、ドイツの新風フォリエッタである。初めて吹いた時にその豊かな音量と音色の「優しさ」に魅了された。ドイツのクラリネット奏者であり有名な教育者でもあった故P・リーコフ教授が、自身の理想とする音色を実現するために開発したというDタイプを計測してみると、驚いたことに先端幅が従来のジャーマン・タイプより僅かに(0.3mm)広く、逆にヒール部分は青箱並みに薄く設計されているのだ。さらにショルダー部分もフレンチ・タイプのように表皮を剥いである。これらは伝統的なジャーマン・タイプのリードより音量を増すとともに、リードの腰を弱めて音色の強靭さや鋭さを緩和するのに有効だ。

さて、これだけの事実で結論めいたことを言うつもりはないが、近年のクラリネット本体の設計思想(クランポンのトスカやヤマハのイデアルはドイツ管に近い内径を採用している)を含め、ベーム式もエーラー式も互いに無い物を求め合って接近しているように感じるのは私だけだろうか?

ドイツリード大研究

(2006.05.21 by Gm)