第2章 フィンガリング




エーラーも吹いてみたいが指が難しいようだから、と漠然と思い込み敬遠している人は多い。事実は、その通りである。
前章でも触れたように、ベームからエーラーに替えた当初、感覚的には3割がたテクニックが落ちたような気がするだろう。
ベームでは児戯にも等しいフレーズがエーラーではエーラーイ苦労することがままある。理由はエーラー特有の指使いにある。 ベームでは全ての指はただ単純に上下に動かせば良いのだが、エーラーでは…

1.右手中指と薬指、左手人差し指と中指は、交代運動(一方を上げると同時にもう一方を下げる)が要求される。

   

   


何のことはない誰もが中学校で習ったアルトリコーダーと同じであるが、ベームからエーラーに替えた当初、練習しすぎて右手に腱鞘炎を患う人が多い。

2.左右の小指に、スライド=水平運動(左右に滑らす)が要求される。

   

   


従って、生まれてこの方使ったことのない筋肉を鍛えなければならない。

3.中音のファの指使いが、ミの指に下から2番目のサイドキイを加えるという理不尽な?ものである。

   


これでエーラーを断念する人も多い。

4.最低音ミ、ファはかなり音程が低いので、中・高級機種にはサムレスト(指掛け)の横に音程補正用のキーが備わっており 、吹き延ばしなど音程の低さが目立つ所では(バスクラのように)右手親指!で音程補正キーを押さなければならない。まさに全指総動員である。

やっぱりやーめた!と言わないでもう少しお付き合い願いたい。エーラーを断念させるのがこの章の本意ではない。
私に言わせれば、いにしえの“ドイツの”名フルート奏者テオバルト・ベームさんが考案したベーム式指使いが簡単すぎるのだ。指を順番に上げ下げすれば良いだけのベーム式フィンガリングによって、フルートとなぜかクラリネットも、『出来ないことは無い』と言うくらい、圧倒的な運動性能を獲得した。速さの点では、ほとんどのフレーズでエーラーはベームに負ける。良くて互角だ。
ある種のフレーズは、かの天才奏者ザビーネ・マイヤーをもってしてもアマチュアのベーム吹きに敵わないだろう。

だが、それがどうしたというのだ!音楽はスポーツ競技のように、タイムを競うものではない。逆にベームは、その便利なフィンガリングと引き換えに失ったものがある。それは、奏者の心を伝える声(=音色)だ。これこそ決して譲ることができない楽器の「命」ではないのだろうか?

エーラーは、ベームの欠点と言われる上のCの空虚さや、F♯の甲高さと無縁だ。また、特有のクロスフィンガリングや替え指によって、音色に微妙な陰影を与えることもできる。一音一音に込められる心の情報量が明らかにベームよりも多いのだ。ベームが明るく華やかな音楽に向いているとすれば、エーラーは内省的で穏やかな心を奏でる音楽に向いていると言えるだろう。

是非解って欲しいのは、フィンガリングが難しいと言っても、それはあくまでベームに比べればの話であり、それが克服できない程のものではないことは、ドイツやオーストリーの子供達が今もブラスバンドでエーラーを吹いていることを考えれば容易に想像がつくのではないだろうか?
まして、ウェーバーやシュポア時代のクラリネットと今のエーラーでは、火縄銃と機関銃ほどの差がある。
エーラーが難しいなどと言えば当時のクラリネット奏者のバチが当るというものだ。

幸か不幸か、ベームによる抜本的な改造が行われなかったオーボエやファゴットの奏者達は、今でもエーラー吹きと同じようにフィンガリングで苦労しているのだ。
だから、エーラーに替えると他人の苦労が解る様になり、思いやりのある優しい人になれるという副次効果もあるのです。

エーラー
基本運指標
小指のヒミツ エーラー指の
トレーニング

(last revised 2019.02.07 by Gm)