もしあなたがこれまでの“悪魔のささやき”に耐えかねて、本当にエーラー式のクラリネットを吹いてみようと思ったなら、せめて最初だけでもプロ奏者のレッスンを受けることをお勧めします。
せっかく高いお金を払ってエーラーを買っても、ベームと同じように吹いていては良い音は出ないし、すぐ技術的困難に直面してイヤになり、宝の持ち腐れにもなりかねません。
ですが、日本でエーラーを吹いているプロ奏者はごく僅かで、私の知る限り10指に満たないほどです。もしあなたが将来プロを目指し、日本のオケ等で安定したポジションを得たいと望むのなら、ハンディーの多いエーラーには決して手を出さぬよう忠告しておきます。
*何人かの信頼できるプロ奏者を紹介できます。必要ならメールにてお問い合わせ下さい
Q4-1 ドイツ管って吹き方に何か違いがあるんですか?
A: はい、良い質問です。プロが近くに居ないとか、習う時間がない等の理由でアドヴァイスやレッスンが受けられない人のために、Gmが今まで習ってきた基本5原則を紹介します。
1.楽器の構え方
・鏡の前に立ち、全てが左右対称になっていることを確認する。
・胸を張り、顔を上げ喉を開けること。(自然に楽器と体の角度は45度になる)。
・重心を下げ、脇は締めず楽に空ける。
2.マウスピースのくわえ方
・上の歯はマウスピースの先端から8mm〜10mmがベスト。
・ポカンと口を開け、そのまま閉じるだけ(唇を作らない)。
・下の歯と上の歯はマウスピースの先端からほぼ等距離。
3.アンブシュア
・口の周りの筋肉を集めて唇を常に柔らかく保つこと。
・頬を膨らませてはいけない。
・高音域では喉の奥を開け、決してリードをきつく噛まないこと。
4.指の形
・指を高く上げず、トーンホールのすぐ上にあるように。
・指は突っ張らず、何時も丸みを持たせること。
・指の角度は楽器に対して直角に近い。
5.呼吸法
・常に楽器に息を吹き込み続けることを意識すること。
・特に高音域では腹筋による息の支えが重要。
・タンギングせず、息だけで最低音から最高音まで出せるように。
Q4-2 エーラー独自の演奏法は?
A: ベームに無くてエーラーにあるもの、それは替え指による音色の多さではないでしょうか。
Q4-3 エーラーを演奏して良かったと思うことは?
A:
いやー、わざとらしい質問をありがとうございます。実はこれからお話しすることが一番大事なことです。
いきなりですが、あなたがクラリネット吹きとして一度は人前で演奏してみたいと思う憧れの曲は何でしょう?
モーツァルトの五重奏曲、協奏曲、ケーゲルシュタットトリオ、ウェーバーの変奏曲やグランドデュオ、五重奏曲、コンチェルティーノと2曲の協奏曲、 ブラームスの2つのソナタ、三重奏曲、五重奏曲…?その他、ベートーベンの「街の歌」や七重奏曲、
シューベルトの「岩の上の羊飼い」や八重奏曲、シュターミッツ、シュポア、メンデルスゾーン、クロンマー、クルーセル、ベールマンの作品を挙げる方もいるでしょう。
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これらはどれもクラリネットにとって珠玉の名作ばかりですが、ほとんどがロマン派以前の、しかもドイツ、オーストリー周辺で活躍した作曲家の作品ですね。これらの作品の多くが生まれた当時、ベーム式のクラリネットはまだ世の中に存在していませんでした。ブラームスがその音色と技巧に魅せられて名曲を捧げた名手ミュールフェルトの時代には存在はしていましたが、彼は使用していないはずです。どうしてそんな事が断言できるのかって?
それはブラームスの作品をエーラーで吹いてみれば自ずと判ることです。
例えば最晩年の名作、作品120の1番のソナタの第1楽章はト短調(以下記譜読み)、つまり♭2つで始まります。なぜブラームスはこんなクラリネットが鳴りにくい調を選んだのでしょうか?作曲家がある楽器のために作品を書く時、その楽器の性能が最大限発揮できる調性を選ぶはずです。ヴァイオリン協奏曲にニ長調やイ長調、ホ長調が多いように。
その謎は終楽章Vivaceで解けます。ここで初めてクラリネットは明るく軽やかに駆け巡ります。
全てはこのト長調によって開放されるための準備だったのです。当時のクラリネットが、そして現在も、エーラーが最も得意とする調性、それは♯が一つのト長調なのです。
ト短調で始まりト長調に解決するというアイデアは、やはり往年の名奏者H・ベールマンによって初演されたウェーバーのコンチェルト第1番にも見られます。(ウェーバーもブラームスもさすがに第2番には同じアイデアは使えなかったとみえて、どちらもヘ長調を選んでいるのは面白い一致です。)モーツァルトがシュタートラ−のために書いたコンチェルトはどうでしょうか。ハ長調で始まりますが、やはり第3楽章Allegroの早いパッセージでは頻繁にト長調に転調しています。
そう言えば、コンチェルトの第1楽章にもクラリネット五重奏曲にも、下のソから、ソー、ラ、シ、ド、レ、ミ、ファ♯、ソ、〜 という上向音階がしばしば出てくることに思い当たります。
つまり、誤解を恐れずに言えば、クラリネットは元々の構造が右手薬指から音階が始まるG管(実音F管)だったのです。これは現在ではC管と思われているフルートが、実は昔D管だったのと同じ理由です。こんなことが判ってくるともう面白くて仕方ありません。誰しも、今まで何気なく吹いていた曲を全部引っ張り出して、もう一度改めて吹いてみたくなるのではないでしょうか?
また、室内楽や協奏曲ばかりでなく交響曲においても同じように作曲家の意図が見えてきます。
ベートーベンの第9交響曲、第3楽章の長大なソロは、上のC(3点ハ)をもって絶頂を迎えますが、エーラーのクロス・フィンガリングによる濃密なCでこそ至福の時が得られます。
ブラームス交響曲第4番、第2楽章の長く美しいソロ。終盤のフェルマータの後、あたかも失意のブラームスが気を取り直したかのように歌い出すファ♯の持つ重みはエーラーだからこそ出せるのです。またこの楽章の最後、オーケストラの全ての楽器が沈黙する中、ルバートを与えられた万感迫るカデンツァもト長調のアルペジオでしたね。その性能と表現力を知り尽くし、自身晩年の心情をクラリネットに託して吐露したブラームス円熟の筆致です。
もちろんこれらの曲をベームで吹いて悪いはずがありません。ただベームにとってト長調はそんなに得意な調でしょうか?下のシや中音のファ♯は構造上音抜けが悪く、高音のファ♯はフォークを使わない限り甲高く不安定です(上の例ではファ♯の直後にレが来るのでベームのフォークは使えません)。エーラーではそれらがベームのファ(ナチュラル)の指で吹けるのです。
ベームが最も得意とする調はハ長調です。ベーム式の指使いを採用する過程でクラリネットはG管からC管(実音B♭管)に改造されました。幾つかの妥協や犠牲を伴うこの改造によってクラリネットはG管の制約、束縛から開放され、あたかも平均律クラヴィーアのように、あらゆる調性に対応できる柔軟性を獲得したとも言えるでしょう。ですから例えば、ベームを念頭に書かれたドビュッシーの第1ラプソディーをエーラーで吹くのは、正直言って結構ツライものがあります。
え?ベームでもツライ?だよねー。
(last revised 2019.02.28 by Gm)