いまアマオケ団員の間で話が持ち切りなのが、先月封切りされた映画「オケ老人」。
大まかなあらすじは、、、主人公である若い高校教師、小山千鶴(杏)が梅が岡フィルハーモニー(「梅フィル」)の演奏に感激し、中断していたヴァイオリンを再開。「梅フィル」のつもりが間違って梅が岡交響楽団(「梅響」)に入団してしまう。そこは老人の社交場と化した最底レベルのオケだった。
「梅フィル」は「梅響」から上手い団員が一斉に脱退して結成されたオケだったのだ。当然、両者は犬猿の仲。
小山は何度か「梅響」退団を試みるも、慰留されている内に何とか「梅フィル」のオーディションに合格。ところが入ってみると、憧れの「梅フィル」は、下手な団員に容赦ない地獄のオケだった。
「梅響」こそ自分の居場所と決めた小山は、指揮者となって老団員たちを叱咤激励しながら猛特訓。レベル向上と共に団員も増え、遂に梅が岡公会堂でコンサートを開くまでになる。
コンサートの当日、「威風堂々」を演奏中に落雷で全館停電。
だが、練習を重ねてきた団員たちは怯むことなく暗譜で感動的な演奏を成し遂げる、というお話。
「梅が岡」という地名は、明らかに世田谷区の「梅ヶ丘」をもじっていてる。
ポスターにあるメインプログラム「田園」の演奏シーンが全くないとか、メンバーがいない楽器の音が聞こえるとか、オケ老人を絵に描いたようなGmから見れば突っ込みどころ満載だが、「オケ老人」の原作者、荒木源氏自身がアマオケ団員(コントラバス?)であることから、着眼点が実に面白い。
まず、同じ地域にフィルと交響楽団の二つがある所は多い。新宿交響楽団と新宿フィル、中央フィルと中央区交響楽団、西東京フィルと西東京交響楽団といった具合で、私が所属する世田谷フィルも、かつて存在していた世田谷交響楽団といまだに混同されている。
これに○○管弦楽団や、○○アンサンブルが加わるとさらに複雑だ。何しろ都内だけでも400団体以上あるようだから、被らない名前を付けるのも一苦労である。
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また、分裂騒ぎも珍しくない。ほとんどが、「人に聴かせる以上、合奏精度を高めるべき」という技術向上派と、「アマチュアなんだから、楽しければいいじゃん」という和気藹々派の対立によって引き起こされる。練習を早めに切り上げて飲み会に突入する「梅響」は、後者の典型として描かれている。分裂後の両団体は、だいたい映画のように仲が悪いが、互いにスタッフを出し合って定期演奏会の運営を手伝っている例もある。
楽器編成の問題もある。「梅響」のヴァイオリンは、突然昇天してしまったおじいちゃんと、指揮者に転向した主人公のお陰で、天然ボケのおばあちゃん一人になってしまった。ヴィオラもコンバスもなし。後は「顔だけじゃん」のチェロが一人だけなので、どうやってオケの体裁を整えるのか?映画の中の話とはいえ心配になった。
弦の慢性的不足と管の供給過多はアマオケ共通の課題だ。どこのオケも弦楽器は常時募集しているのに対し、トランペット、フルート、クラリネットの募集はほとんどないから、これら再就職困難奏者は、一度手に入れたポジションを決して手放そうとしない。
次は選曲。演奏会で何をやるかは団員の最大関心事だ。映画では、次は「第九」とか、ニールセンの「不滅」とか言って盛り上がっていたが、オケの実力や楽器編成を無視して発言する輩は必ずいる。特に金管奏者は、普段活躍する場が少ない反動で大曲志向が甚だしい。「同じ団費を払っているんだから」という大義名分に手を焼いて、トロンボーンやチューバは正団員にしない、というオケもある。結局、団員から希望曲アンケートを取るが、どこで誰が決めたか分からぬままある日突然発表される、というのが通例である。
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大根クラリネットの監修は十亀先生
でもなぜ練習場に大根と包丁が? |
なお、映画には出てこないが、管楽器の厄介な問題としてローテーションがある。誰がどの曲のどこを吹くかである。誰しもカッコいいソロを吹きたいと思うが、その決定が不透明で恣意的だとメンバーに不満が鬱積する。以前在籍していたオケでは、古株のパートリーダーが吹きたい曲を勝手に決めていた。そこで、他のメンバーと共謀し、曲を選ぶ優先権を平等に持ち回る方式を考案して飲ませたことがあった。
このローテーション問題は弦楽器にもあるようだ。特にヴァイオリンに多いらしいが、ファースト(ストバイ)かセカンド(セコバイ)か?前から何プルト目のどっち側(内/外)で演奏するか?更には「あの人の隣で弾きたい」とか、逆に「あの人の隣では弾きたくない」というのもあって、ある意味管楽器より複雑かつ陰湿だそうだ。
アマオケは人間の集合体だから、会社や官公庁や学校のクラスと本質的に変わりはない。
いじめや差別もあるだろう。セクハラやパワハラも起きがちだ。だが、ここでは名刺の肩書や社会的地位は通用しない。老若男女、誰もが音楽が好き、演奏が好きという一点で繋がっている。心から打ち解け合える音楽仲間との出会いは、何物にも代えがたい喜びだ。
だからオケ老人は今日もいそいそとオケ練に行く。
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