ゴイザーの音を求めて
マエストロのマウスピース




当時は写真がエーラーじゃないことなど気付かなかった
 
ハインリッヒ・ゴイザー、第二次世界大戦後から1970年代まで長くドイツクラリネット界をリードした名奏者である。
ベルリン国立歌劇場やベルリン放送交響楽団の首席奏者を務めながら多くの名録音を残したが、残念なことに今ではそのほとんどが廃盤となっていて、入手は極めて難しい。
Gmが高校時代から大切に保管してきたモーツァルトとウェーバーのクラリネット五重奏曲がカップリングされたLPレコードは、ゴイザーの音の素晴らしさを今に伝えてくれる貴重な記録となった。
あのハガネのように強くしなやかでありながら、時としてビロードのように滑らかで柔らかく陰影に富む音色は、他の奏者からは決して聴くことができないゴイザー独自のものだ。
僕を「エーラーへの道」へと誘ったあの魔法のような音は、一体どのような仕掛けと奏法から生み出されたのだろう?

30年前、N響に在籍しながら1年余りベルリン音大でゴイザーに師事された内山洋先生が、帰国時に記念に貰ったというゴイザー全盛期のマウスピースを今回ご好意によりお借りすることができた。そのマウスピースを精査することで、ゴイザーの音の秘密を解き明かす手掛かりが得られるかも知れない。
木目模様が美しい。ゴムパッチを貼った跡が残っている。
左右は完璧に対照ではない。コルクは巻きなおしてある。

ゴイザーのマウスピースはグラナディラ製で、正面にはメーカー名がグレッセル(G.GRAESSEL NURNBERG)と彫り込まれている。ゲオルク・グレッセルは20世紀前半に活躍したニュルンベルクの高名な木管楽器製作者であり、ゴイザーの楽器もグレッセル製だったという。そういえば、昨年ニュルンベルクの博物館にデナーのクラリネットを見に行った際、フロア-の一角にグレッセルの工房が再現されていて、当時の旋盤や冶具類や写真などが整然と展示されていたことを思い出した。

このマウスピース、全長がなぜか現代のものより1mmほど短いことを除けば、一見何の変哲もないドイツ管用の外観だ。ところが、精密に計測してみると只者ではないことが判ってきた。
フェイシングはベーム並みの19.5mmと短いのにチップ・オープニング(開き)は0.93mmしかない。つまり、「フェイシングが短く開きが広いフランス管(ベーム)」と「フェイシングが長く開きが狭いドイツ管」という公式に当てはまらないのだ。これを自作のマウスピース・チャート上にプロットしてみると、そこはベーム圏にもエーラー圏にもウィーン圏にも属さない空白地帯。つまり現在ではどのメーカーも製造していないプロファイルなのである。以前Viotto氏に「ゴイザーと同じマウスピースを造ってくれないか」と頼んだところ「あれは特殊だから無理だ」と返事が来たのはこういう理由だったのだろうか。型番は470と刻印されているが、この数字が何を意味するのかは不明だ。ディテールはこちら。



さて、肝心の音である。内山先生のお話では、ゴイザーはマウスピースの上にゴムを貼っていたとのことなので、0.3mmのゴム製マウスピース・パッチを貼って吹いた。また、同様の理由で紐を用いた。その印象を一言で表せば、Wunderbar! aber zu schwer für mich.(素晴らしい!けど、僕にはちょっと難しすぎる)かな。具体的には以下の通り。

音 量: 樹脂製と全く変わりがない。(漠然と木製は樹脂製より音量が落ちると思っていた)
吹 き:
心 地
全音域に亘って厚い壁のような抵抗があるが、その壁は押せば動くような弾力と奥行きを感じさせる。低音から中音にかけては息がスムーズに入るが、最高音域に向かうに従い息の道が細く狭くなる感じ。
き: 遠鳴りのする音で自分から離れて楽器が鳴っているように感じる。
音 像: 音の密度が濃く輪郭がくっきりとしていて周囲に埋没せず存在を主張する(B4くらいの鉛筆で音を縁取っているかのよう)もちろん他の楽器との親和性に富むのはドイツ管の特徴。
音 色: 最低音からスロートあたりの音色が滑らかで特に美しい。全域に亘って太い芯を持ちながら倍音が豊かで、吹き方により色彩が微妙に変化する。チリチリというような高周波音が効いているのかも知れない。グレッセルを吹いた後G3に替えると音色が単調でパレットの色が1~2色足りないように感じる。

こう書くと良いことずくめのようだが、これが中々一筋縄では行かない。まずプロファイルが特殊なので市販のリードが全く合わない。ヴァンドレンやフォリエッタのように先端部分が薄く設計されているリードは少し噛むと張り付いてしまいリードミスを誘発する。先端の厚いシュトイヤーだと息が入らず苦しい上にリードが自由に振動しない。特に音の出だしや音程の跳躍時にはアンブシュアと息のコントロールに余程気を使わないと良い結果が得られない。

内山先生のお話では、マエストロ(ゴイザー)のリードは決して厚くはなく、息は口元で「コーッ」と渦を巻くように音に変換され、その響きはあたかもオーケストラの床を這うようだったという。また、ゴイザーにはリード作り専門のマイスターがいて、そのマイスターからから「はい、これ」と渡されたものを吹いていたとのこと。この気難しいグレッセルの底知れぬ能力を最大限に引き出すリード作りのノウハウはもはや永遠に失われてしまった。

ハインリッヒ・ゴイザー Heinrich Geuser
 1910年8月3日ネルトリンゲン生まれ、1996年6月26日バイロイトにて死去。
 10歳の時、ミュンヘンのオーケストラ演奏会で演奏し、その美音は特に注目された。
 16歳でミュンヘン・アカデミーに入学、アントン・Walchに師事する。
 20歳ジュイスブルグ、その後ケムニッツ、コーブルグのオーケストラ奏者となる。
 1936年(26歳)-1950年(40歳)ベルリン国立歌劇場、その後ベルリン放送響に移り
 1977年(67歳)まで首席を務める傍ら夏季シーズンにはバイロイト音楽祭で首席を務めた。
 スウェーデン、イタリー、フランス、ハンガリーに演奏旅行、いくつかの素晴らしい録音を残す。
 1948年から1977年までベルリン音大で後進の指導にあたる。
 最も有名な生徒はカール・ライスター。彼の父はベルリン放送響の2nd奏者だった。



(2007.04.22 by Gm)