ベールマン式(ミュールフェルトのクラリネット)
ミュールフェルトが生涯愛用したというベールマン式クラリネットとはどのようなものだったのでしょうか?当時一世を風靡していたミュラーの13キイとはどこがどう異なるのでしょう?何しろ、誰もがクラリネット作品の最高峰と認めるブラームスのクラリネット五重奏曲を初演したクラリネットですから興味は尽きません。幸いなことに、ミュールフェルトが使用していたA/B♭一対の楽器が旧東独チューリンゲン州の小都市マイニンゲンの博物館に保存されています。左がその写真ですが、何と繊細で優美な美しいクラリネットでしょう!

管体の材質は黒く着色されていますが伝統的なツゲで、キイはメッキなしの洋銀(真鍮にニッケルを加えた金属)製です。木製のマウスピースには歯が当たる部分に補強のための薄い銀の板が貼られています。そう言えばGmの初代クラリネット、Berlin製Moritzにも木製マウスピースが付いていましたが、数年使う内に特徴ある前歯の形に凹みました。

キイの基本的な配置はミューラー式を踏襲していますが、決定的な違いは「リングキイ」の採用です。このクラリネットの開発者カール・ベールマンは、父親のハインリッヒとともにミュンヘン宮廷オーケストラのクラリネット奏者でしたが、何とそこでフルートを吹いていたのがベーム式フルートの発明者テオバルト・ベームだったのです。ベームはフルートの音量を増すために管体を金属にするととも内径を円錐に変更。またリングキイを全面的に採用してトーンホールを大型化し、指使いも簡易化して近代フルートの原型を創造しました。(ドイツ本国では全く受けなかったそうですが、フランスで大ブレークしたのはベーム式クラと同じです)

ベールマンはミュンヘンの優れた木管製作者オッテンシュタイナーと協力してリングキイをクラリネットに応用し、飛躍的に性能を向上させました。このリングキイには従来の板バネに替わって場所を取らず操作感の良い針バネが初めて使用されました。リングキイの凄いところは、一つの指の動きで複数の動作が出来ることです。リングキイのあるトーンホールを指で押さえるとリングキイに連結されたパッドやキイも同時に動き、遠く離れた孔でも開けたり閉じたりできるのです。

一つ例を挙げると、ミュラーの13キイ下管にはh/fis補正キイが加えられました。従来下のシと上のファ♯は通気が不十分で音質が不鮮明だったためこのキイを開けることで問題を解決しようとしたわけです(図左)。せっかくのアイデアでしたが、ロングトーンならいざ知らず、速いパッセージではとても指が追いつきません。『普段は閉じていてシとファ♯の時だけ開けたいんだよなー』というクラ吹き長年の願望をベールマンはリングキイによって解決しました。『シやファ♯までは開けておいてその下の音から閉じればいいじゃん』と考えたのです(図右)。まさに逆転の発想ですね。この補正孔を閉じるリングキイに付いた小さなキイは、ブリレ(Brille:ドイツ語でメガネ)キイと名づけられました。
 
長い鍵管を針バネを使って動かすことでキイの操作性や耐久性が向上。
gis/disキイ音孔は右側に移され、それをクリアするためにe/hキイには大きなアーチが作られた。『そうすると一番上のミが高くなってしまう』と言ううるさ方のために、一番下のリングからアームを伸ばしてgis/disキイを押さえればブリレキイが閉じるという芸の細かさもさすがです。この画期的な機構は現在のエーラーにも生かされています。

このベールマン式に至って遂に長いcis/gisキイ上の「ティア・ドロップ」や「ブロークン・ハート」キイが姿を現しますが、他にもユニークな機構満載です。特に瞠目に値するのは、ミューラー式や現代のエーラーでは右手人差し指で操作する中音ファ用のサイドキイが向かって右側にあること!しかも左手中指用のf/cクロスキイと音孔を共用しているのです。よく見ると新設されたes/bサイドキイもes/bクロスキイと音孔を共用しています。ベールマンは余程管体に新たな孔を開けることを拒んだのでしょうか?ベールマンやミュールフェルトは中音ファを通常左手中指1本で出したので余りサイドキイは使わなかったのでしょうか?それとも案外これが使い易かったりするのでしょうか?「謎」です。いつかこの楽器でブラームスを吹けたら、、、エーラー吹きの見果てぬ夢ですね。
ミュールフェルト
のクラリネット