文句の多い日記帳
by 意地悪Gさん



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2007年12月25日(火)
4匹目のねずみ
2008年の年賀状はほのぼの系。餅つきの場所は土俵ではなく、クレーターです
年賀状をやっと刷り終えた。来年子年は僕の干支だから、晴れて還暦ということになる。(気持ち的には4回目?)
中学1年生の頃から彫り続けてきた年賀状の版画だが、1960年(中1)の初ねずみから数えて今年のは4匹目である。今年のキーワードは「かぐや」「餅つき」「大発見」だ。日本の月探査衛星「かぐや」が月に接近して精密なデジタル画像を撮影していたら、ウサギだとばかり思われていた「餅つき」の主は、実はねずみだったという「大発見」のお話。
分かるかなー?分っかんねーだろーなー、という訳で、かぐやからは「ね、ねずみでした!」、ねずみからは「何か?」と吹き出しを書いたのだが、余り効果はなさそうだ。
2007年12月23日(日)
さらば、掛オケ

例年12月の最終練習日は、初見大会と称して、団員が是非やってみたい憧れの名曲を初見で演奏する慣わしである。今年は12月17日の月曜日だったが、そのおよそ1ヶ月前、島田市吉田町への出張演奏会のリハーサルの後、堺先生が僕のところへ来て、「ある人から尋ねられてるんだけど、クラリネット奏者にとって最高のソロがある曲って何ですか?」と聞くのである。随分とヘンなことを聞く人がいるもんだなー、と思いながらも、「やっぱ、ベートーヴェン第九の3楽章のソロじゃないですか?」と答えた。僕はその昔、生涯で一度でもオケの中であのソロが吹けたら死んでもいいとまで思ったものだ。(本当ならもう3回くらい死んでなくちゃいけないけど)
その翌週の練習には出張で参加できなかったのだが、パートリーダーのIz君から、「今年の初見大会は、Gmさんの要望で第九の第3楽章をやるそうですから、必ず出席してください」とメールが来た。堺先生は、17日が僕の掛オケ最後の練習日になることを知っていて気を利かせてくれたのである。「天国と地獄」序曲、ドヴォ8第4楽章、、イタリア奇想曲などに続いて、最後に第九の第3楽章を万感の想いを込めて演奏させてもらった。ベートーヴェンが沈黙の世界の中で最後に到達した最も崇高な調べをクラリネットで奏でさせてくれたことに感謝しながら。
練習終了後、団員に退団の挨拶をした。来春に定年を迎えるので大好きな掛川を去らねばならないこと、インペクの後任にはFgのFk君を推薦したいこと、NPOの理事は継続しつつ、今後は東京からサポートをしていきたいこと、などである。
掛オケ設立以来5年余り、インペクとして特に選曲面において「掛オケらしさ」を追求してきた。堺先生という掛け替えのない指揮者を得て、県下に幾つもあるアマオケとは一線を画したかったからだ。「スコットランド」、「ベト7」、「三角帽子」、「エニグマ」、そして今はシューベルトの「グレート」に挑んでいる。設立間もないアマオケにとっては確かに負担が大きいかも知れない。一部団員からの不満の声も耳に入ってくる。だが、何時の日かきっと団員たちは、「ああ、あの曲苦労したけど良い曲だったね」と思い返してくれると信じている。

2007年12月7日(金)
漢字の国のヨハネス
スモッグ?に煙る上海中心部

3泊4日で上海に出張した。香港を除けば中国に行くのは初めてだ。巨大な上海浦東(プートン)空港に降り立つと、黄砂なのかスモッグなのか、真昼だというのに太陽がまるで月のように弱々しく霞んでいる。
空港から市内に向かう車の中で先ず驚いたのが、中国の交通マナーである。車線変更に殆んどウィンカーを使わないのは東南アジア諸国と同じで珍しくもないが、高速道路上を人が歩いていたり、路肩に車が放置してあったり、果ては逆走してくる車もあるのだ。それらを縫うように避けながら皆我先に飛ばすのだから、おちおち眠ってなどいられない。

さてどっちが青でしょう
市内に入るとさらに混乱ぶりはひどさを増す。合流地点では割り込みが当たり前。互いにクラクションを鳴らしながら擦らんばかりに接近する。「チャック方式」などという概念は全くない。完全に車優先社会だが、歩行者も負けてはいない。老若男女を問わず「渡りたい時に渡りたい所を渡る」が基本方針。片側3車線の中央分離帯がある道路でも渡るのだ。一応信号はあるのだが、誰も守らないし、取り締まる警官もいない。つまり、これが日常的常態なのだ。
僕は青信号で歩道を渡っていてタクシーに撥ねられそうになった。しかもけたたましくクラクションを鳴らされたのである。中国では何色の信号も「気を付けて渡れ」という意味らしい。だが不思議なことに4日間一度も交通事故を目撃したことはなかった。「整然たる混沌」とでも言うべきか、妙に中国4千年の逞しさを実感した。

旅の大きな楽しみは食事だろう。せっかく中国へ来たのだから中華料理を食べたい。どうせなら観光客向けではなく、地元の中国人が出入りする店をと思い、街角で様子を窺っていると、子供連れの若夫婦がかなり高級そうな中華料理店に入っていった。ここは中国だから当然子供は一人である。
アヒルさんの頭はやはりアヒル味でした
後について店に入ると大勢の若者や家族がテーブルを囲んでいる。言葉が全く出来ないので、案内されるままにテーブルに着いてメニューを見ると、何十種類ものお茶のメニューしか書いてない。最低でも65元だから日本円で約千円である。ウェイトレスが「どれか選べ」と言うので、随分高いなー、と思いながらも一番安いお茶を頼むと、暫らくしてお茶の葉っぱが入ったグラスと魔法瓶とプラスチックのトレーをテーブルの上に置いたきりどこかへ行ってしまった。「ここは喫茶コーナーなのか?」「何れ料理メニューがくるのか?」「飲茶スタイルで料理が運ばれてくるのか?」。待てど暮らせど何事も起きないことに痺れを切らして店内を散策に出かけると、やっと仕組みが分かった。店の中央に料理が用意されていて、皆自分のトレーを持って好きな物をきなだけ取ってくる、つまりバイキング形式だったのだ。
いざ出陣、と、トレーを持ってバイキングコーナーへと向かう。近づいて料理を見るとこれが結構ショッキングだった。鳥の足やアヒルの頭が山盛りになっている。卵の中のヒナを煮込んだ料理もある。これらを若い女の子たちが嬉々としてお皿から溢れんばかりに持って帰るのだ。当然僕も(ヒナの煮付け以外は)全てチャレンジしたが、全体に僕好みの甘辛い味付けで、どれもがとても美味しかった。満腹になって会計を済ませると、これが65元コースだったのだ。安い!

ブラームスも勃拉姆斯もBrahmsも同じ人
ホテルの部屋のケーブル・テレビは70chもあり、NHKやCNNも見れるが、多くは中国のドラマや映画で、必ず中国語(つまり漢字)の字幕が出るから、場面や役者の表情によって大体の筋書きを類推することが出来る。ここがハングル文字の韓国と大きく異なるところだ。もっとも日本では使われていない漢字や文化大革命の遺産である略字も多いので、意味が分かるのは3分の1位だった。ただ、漢字以外に、ひらがなやカタカナを使い分ける日本と異なり、漢字しかない中国では外来語にも発音が似た漢字を当てざるを得ないのが辛いところだ。
唯一のクラシック音楽チャンネルだった68chで、たまたまブラームス(勃拉姆斯)とシューマン(舒曼)の妻であるクララ(克拉拉)との関係を取り上げていた。「この小琴索納塔(ヴァイオリン・ソナタ)には勃拉姆斯が舒曼の妻克拉拉に寄せる秘密的恋心が表れております」みたいなナレーションだったが、バックに流れていた音楽には国境や言葉の壁がないのは実にありがたいことである。
2007年11月27日(火)
ようこそ!

ホルツの会には、ここのところドイツから沢山のゲストが遊びに来てくれる。写真や映像は溜まる一方だがゆっくり紹介している暇がないほどだ。ちょうど1ヶ月前に来日して、東京、長野、大阪などで演奏会を開催した、セゲルケさん率いる「クラリモニア」のレクチャー・コンサートの模様と、先日、ホルツの11月例会に拉致?してきた、来日公演中のドレスデン・シュターツ・カペレのクラリネットセクション6名全員との記念写真などをここに貼りましょう。

レクチャーを交えながらの演奏。通訳はコンミスのYokoYokoさん
写真をクリックして暫らく待ってね
使用したピリオド楽器は全てセゲルケ工房製
一番手前がミュールフェルト・タイプ
聴衆のリクエストでリードを上にして吹くセゲルケさん コンサートの後はホルツ会員とのアンサンブル大会
ドイツの名門、ドレスデン・シュターツ・カペレのクラリネット・セクション全員がホルツの練習場に遊びに来てくれた
左端が昨年10月、DKG in DresdenでWeberのクラ五を見事に演奏した、首席のグローセ氏
旧東ドイツだけに使用楽器はベルリンドイツオペラ同様、ナイトハルトが多いようだ

記念撮影の後は当然のごとく居酒屋へ直行である
2007年11月16日(金)
ポマリコ

バイエルン放送響が浜松に来ることは、市内各所に貼られていたポスターなどで知っていた。バイエルン放送響といえば、ドイツでもベルリンフィルと1、2を争う超一流のオケだ。ところが、メインのR・シュトラウス「ツァラトゥストラ」が不人気なのか、指揮のヤンソンスがイマイチなのか、チケットの売れ行きが芳しくないらしく、直前にディスカウント・チケットの知らせが届いた。僕も先の2つの理由で行くつもりもなかったのだが、安いとなれば話は別だ。早速A席のチケットを申し込んでアクトシティー・大ホールへ向かうと、ロビーにはクラシックコンサートでは余り見かけない、制服を着た中・高生達がたむろしている。急遽学生券が発行されたらしい。会場で偶然会った掛オケの美人ヴァイオリニストSzさんの話によると、「私の子供のチケットなんか、1万2千円の上に500円のスタンプが押してあったのよ〜♪」とのこと。
バイエルンの来日公演は浜松が初日だったのだが、演奏自体は実に手馴れたもので、さすがというレベルだった。ドイツ人はR・シュトラウスを演ると、どうしてああも楽しげに演奏するのだろう。各ソロの見せ場が終わると「どう?今の上手くいったよね」みたいに仲間と笑顔をかわす。弦楽器も一人ひとりが自発的で楽器が鳴りきり、全体として分厚くうねるかのように躍動的だ。さて、クラリネットは?と見ると、今日の乗り番はベテランのシュテファン・シリングではなく、もう一人の若いソロクラ、クリストファー・コルベットのようだ。彼の姿は2005年の来日時にテレビで見たのだが、確かクリスタルのマウスピースを良い音で吹いていた。その時、誰なのかを確認しようとバイエルンのホームページを見たのだが、彼の名前はなかったので、その年がデビューだったのかも知れない。

コルベット君はドイツ人にしては小柄で茶髪

彼は当夜も柔らかくもクリアーな良い音を響かせていたので、楽屋口で出待ちをして話しかけた。実に若く気さくな好青年だ。「東京にはドイツクラリネットのグループがあるんでしょ?え?あなたもそのメンバーなの!(磯部)シューヘイや(四戸)セイキは友達だよ。マサノリ・コバヤシ?うん、知ってるよ。Vorspiele(オーディション)で会った。Very Nice Guyだよ」というような会話の後、いよいよ本題に。「楽器はH・ヴリツァー。今年の4月に新しいのにした。マウスピースはフランス管用のポマリコにヴァンドレン。うん、ドイツでは珍しいかも知れないけど、僕の先生(ペンツェ)がそうだったんだ」
ふ〜ん、ポマリコねー。懐かしい。学生時代に大流行して僕も2本くらい買ったけど、みんな落として割ってしまった。今では殆んど見かけなくなったけど、そういえばベルギーの名手、シュパンドンクもクリスタルだなー。
17日からミューザ川崎やサントリーホール、大阪フェスティバルホールなどでコンサートがあるそうだから、是非行ってコルベット君のポマリコから紡ぎ出される温かい音色を聴いてください。そして行ったら必ず彼に会ってね!

2007年11月11日(日)
自由演奏会2007
今年はどんな出会いが待っているのか楽しみです!

いよいよ来週に迫って参りました、「自由演奏会2007」。会場は例年通り横浜文化体育館。今回で6度目だが、今年はゲストも豪華で、既にインターネットなどから500名以上が応募しているそうだから、大いに盛り上がるに違いない。概要は以下の通りです。是非会場でお会いしましょう!

【日時】2007年11月17日(土)

・受付/12:00・公開リハーサル/13:00−15:30・コンサート/16:30−18:00
【会場】横浜文化体育館(横浜市中区不老町2−7)JR関内駅南口3分
【募集楽器】パイプオルガンを除くあらゆる楽器(但し、自分で運ぶこと)
【参加資格/演奏レベル】一切不問
【演奏曲】「星条旗よ永遠なれ」「ホルスト第1組曲」「オーメンズ・オブ・ラブ」「宝島」ほか(楽譜は当日配布/当日回収)
【参加費】明日(11/12)までに申し込めば2,000円、当日申し込みは2,500円(見学は無料)
【持参する物】楽器、譜面台、参加費、(カメラ、お弁当、雑巾)


詳細は→http://www.yamaha.co.jp/jiyuuensoukai/index.php

2007年11月1日(木)
されどタル
標準のタル(左)、セゲルケ製(中央)、バックン(右)

クラリネットの部品の中で、マウスピースやリード、リガチャーといった「仕掛け」に次いで音色に影響を与えるものが「タル」だということは案外知られていない。音源に近い「上流」の部品だから当然なのだが、構造が単純なだけに、ついどれでも同じだろうと思ってしまう。某メーカーも、タルには特別な音響測定を施している(らしい)のだ。
僕のエーラーは、ヨーロッパ向けに443Hzあたりを狙って設計されているようで、56mmのタルが付いているのだが、常に3mmほど抜いて使っていた。それを見たマエストロ・ライスターから「そんなんじゃ良い音しねーよ。早いとこもっと長いの注文しな」とのご託宣が下されたので、ノルトハウゼンの小林さんに相談したところ、過日来日の折に、氏からセゲルケ工房製作の58mmと59mmのタルを頂戴してしまった。誠にかたじけない。
外観上の特徴は、上下のメタルリングがなく、ジョイントの補強にはカーボンファーバーを使用していることと、ツチノコのようにメタボリックな形状だ。その効果なのか、実に自然に響きが拡がるように感じたのだが、先日掛オケの練習でこっそり使ったところ、堺先生が開口一番、「あれ?Gmさん楽器変えました?」、「いや、あの〜、タルだけ、、」と答えると、「いつもと響きが全然違いますねー。倍音が多くて弦に溶け合う感じです」とのこと。まさかバレルとは思わなかった。吹いていてもそう感じたのだが、聴いても判るものなのかと驚いた。

バックンは真っ黒ではないが、違和感はない

この一件ですっかり気を好くした小生は、あのライナー・ミュラー・レクム先生が、渋谷のアクタスで販売しているタルに現在ぞっこん嵌っているというドイツからの風評を小耳に挟み、早速アクタスに赴いて試奏の上、1本購入してきた。
BACKUN(バックン)というふざけたネーミングのそのタルは形もヘンだが、見かけによらず性能的にはセゲルケよりさらに素晴らしいタルと思われた。カーボンファイバーさえ巻かれていないグラナディラ製(ココボロ製もある)57mmのそれは、とにかく息を細大漏らさず音に変換してくれるという感じで、ピアニッシモでも音が途切れることなく、大きな音の跳躍にもスラーやレガートが実にかけやすい。
なぜかセゲルケ同様、タルの下側、つまり上管とのジョイント部分が緩かったが、プロのリペアー・マンの助言を得て、「アロンアルファ」を内部に万遍なく塗って固着させた結果、がたつきは完全になくなった。
さて、堺先生が今度は何とおっしゃるか、次の練習が楽しみである。

2007年10月29日(月)
YouTube
いやはや驚きです。ユーチューブにこんなお宝映像があるなんて。
左は17年前のライスターが奏でるウェーバーのクインテットの第4楽章。さすが全盛期の演奏だけあって超特急のめちゃテクです。勢い余って調子っぱずれになるとこなんか、今ではとても想像できませんし、何だかとても好感が持てました。。なお、弦カルのストバイはベルリンフィルのコンマス、懐かしの安永徹さんです。
http://www.youtube.com/watch?v=z1cb6T2w368

試しに検索に「ザビーネ・マイヤー」と入れたら出るわ出るわ。あのイギリスの天才少年ジュリアン・ブリス君と、ちゃっかりクロンマーのドッペル・コンチェルトなんかを録音してるんですね。おまけに英語でブリス君を褒め称えたりしてます。(くそー)
他にもモーツァルトのコンチェルトをGパン姿で踊るように演奏してたり、一方でモーツァルトのクラ五では第2楽章をしっとり謳いあげたりしています。「なるほど、あそこの音はあの指使いで吹くのか〜」などと興味は尽きません。
http://www.youtube.com/results?search_query=sabine+meyer
2007年10月22日(月)
やったー!!!
3年前の春花ちゃん。性格も最高
やはり、今日掛オケの練習場で聞いた噂は本当だった。何と、あの春花ちゃんが、日本で最も権威ある「日本音楽コンクール」(いわゆる「毎コン」)ヴァイオリン部門で、2位なしのブッチギリで優勝したのだ。とくと下の記事をご覧下さい。
4年前、初めて掛オケと「チゴイネルワイゼン」を協演した時は、まだあどけない中学生だったのに、いつの間にか高校3年生だなんて、、、立派になったね。
おめでとう!良かったね!これからも頑張って!それから、また掛オケに遊びに来てね!


音コン:バイオリン部門1位に長尾春花さん

バイオリン部門で1位の長尾春花さん=東京都新宿区の東京オペラシティコンサートホールで2007年10月21日、石井諭撮影
バイオリン部門で1位の長尾春花さん=東京都新宿区の東京オペラシティコンサートホールで2007年10月21日、石井諭撮影

 第76回日本音楽コンクール(毎日新聞社、NHK共催、特別協賛・三井物産)の本選会シリーズ2日目は21日、東京オペラシティでバイオリン部門が行われた。137人の応募から3度の予選を通過した4人が、十束尚宏さん指揮の東京フィルとチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を競演。久保田巧、篠崎功子ら11氏による審査の結果、第1位には多彩な音色で見事に彫琢(ちょうたく)した長尾春花さん(18)=東京芸大付高3年=が選ばれた。他の入賞・入選者は次の通り。(敬称略、3位は演奏順)

 第2位 なし▽第3位 藤江扶紀(16)=大阪教育大付高2年、山田麻実(19)=東京芸大1年▽入選 寺内詩織(17)=桐朋女子高3年▽岩谷賞(聴衆賞) 寺内詩織【梅津時比古】

2007年10月10日(水)
うふぉ、着いた!

今日、相次いで宅急便が配達されて来た。一つはネットオークションで買ったH・ゴイザーが演奏するブラームス「クラ五」のLPレコード。もう一つはクルマ専門誌で見つけたMINIのスピードメーターとタコメーター用の文字盤(ゲージ・フェイスと言うらしい)である。

長年の夢が叶って手に入れたゴイザーのブラームス

ゴイザーのブラームスは、僕が持っているモーツァルトとウェーバーのクラ五のLPと同じく学生の頃発売されたが、カップリングがモーツァルトのフルート四重奏(オーレル・ニコレ)だったので、いまいち買う決心がつかず、逡巡している内に廃盤になってしまった。何しろ当時は数ヶ月分の小遣いを貯めて1枚のレコードを買った時代だ。後年、散々中古レコード屋などを回って捜したものの見つけることが出来なかったのだが、近年、ネットオークションなる文明の利器によって再捜索が可能になった。
半年前にアラートをかけておいたのも忘れた頃に、突然出品を知らせるメールが来たというわけだ。輸入版で1万円以上もしたが、見たところ謳い文句通り新品同様の状態。早く聴いてみたいが、先ずは壊れたままのレコードプレーヤを直すことから始めなければ、、、。

取説も懇切丁寧で好感が持てる

MINIのメーターの文字盤は当初から(数少ない)気に入らない点の一つだった。スタイリングやインテリアは洒落ているのに、数値を示すタマ(フォント)だけが「ドイツー」って感じでセンスがないのだ。
だが、こればかりは変える訳にも行かず、我慢するしかあるまいと思っていたところ、驚いたことに世の中には同じことを考えて、実際に自分が理想とする文字盤を製作した人がいたのだ。そのこだわり振りを紹介した記事を読んで小生いたく感動し、一も二もなく注文してしまった。本日到着した文字盤は期待に違わず実に精巧な作りだ。問題はこの取り付けだが、かなり大掛かりで神経を使う作業になりそうである。週末が待ち遠しい。

2007年10月8日(月)
ようこそ!
ドイツオケのメンバーとの交流はホルツ最大の楽しみ

ホルツの10月例会に、来日中のベルリン国立歌劇場オケのクラリネットセクション全員が遊びに来た。首席のマティアス・グランダーさん以下7人とフルート奏者と、そのご親族(娘、息子、従兄弟やその恋人?)とで大変な盛り上がりだったが、参加できなかった会員のためにミニレポートをお送りする。
横浜でのプローべ(バレンボイム指揮、シェーンベルク「モーゼとアロン)を終え、TkさんとHdさんのアテンドのもと、彼らがイシモリの地下スタジオに到着したのは18:30頃。坂本先生指揮による会員20名が、モーツァルト・ディベルティメント第1楽章でお迎えし、盛大な拍手を頂く。その後、彼らも交えて「熊本民謡」と「木曾節」を合同演奏。「ヤパニッシュ・フォルクス・リーダー」とはYkさんの独語曲目解説。「さすが、初見でバリバリ吹くねー」とは隣に座って吹いた会員達の感想。

「Tonight」はドイツでは「Heute Abent」と言うのだろうか?

次に「ドイッチェ・フォルクス・リーダー」であるモーツァルトのディベルティメント全楽章を合同演奏。4本揃ったバセットと小林先生も入ったバスクラセクション、不動のコントラSm号により分厚いバス声部が感動的。
最後にベルリンクラセクションが、用意してきた曲を披露するというので、席を作り会員が彼らを取り囲む。彼らがホルツに遊びに来たのは3回目だが、今回はニューフェイスのティボール・レーマン君が加わっている。
曲は意外にも「アメリカニッシュ・フォルクス・リーダー」であるウェストサイド物語から「トゥナイト」。そういえば前回もルロイ・アンダーソンの「クラリネット・ボランタリー」だったな。

拍手喝采の後、飲み会へ移動。後はご想像の通り、12時近くまで乾杯に次ぐ乾杯であった。
印象的だったのは、高校生前後と思われる子供達の礼儀正しさ。笑顔を絶やさないのに決して羽目を外さず、別れ際には皆ホルツ会員一人一人と握手しながら礼を言って回っていた。

マティアスさんの音頭で乾杯! ホルツの入会申込書を書くティボール君は期待の星とか
2007年9月18日(火)
クラリネット・フェスティバル in 大分
東名で見かけたナンバー3201
往きはセントレア空港行き高速バスが東名の事故渋滞に巻き込まれ、飛行機に乗り遅れるのではとハラハラし通しだったし、帰りは帰りで大分空港へ着いたのがANA名古屋便離陸の10分前。係員に誘導されての飛び乗りだった。大型台風も来ていたし、よくもまあ日程通り無事に帰ってこれたものだ。
小雨降る大分駅前 焼き立てのパンが美味しかった駅の店
考えてみれば、大分県に足を踏み入れるのは、北九州小倉市立堺町小学校6年生の時、修学旅行で別府に行って以来のことであった。フェスティバルが開かれた大分市の街並みは決して垢抜けているという訳ではないが、そこここに古い歴史や文化を感じさせ、時間があれば覗いてみたいマニアックで面白そうなお店も多かった。それに皆明るく親切だったな。
郷土の偉人、大友宗麟の像 ポルトガルとの繋がりも古い
今回のフェスティバルでは、多額の交通費と片道5時間以上かけて参加したなりの収穫もあった。ホルツの本番はピタリと息が合って、とてもしっとりと落ち着いた演奏で、他団体の、元気だが、ともすると賑やかで喧しい演奏とは明らかに一線を画していた。ドイツ管の音と響きの魅力を、何がしか伝えられたという手応えを感じることができた。ただ、 本番前に「ホルツの会」を紹介してくれた場内アナウンスにはずっこけたなー。あの声はきっと、前夜祭をバスガイドのような口調で仕切っていたMCのお姉さんに違いない。まず、「東京から参加したホルツの会」というくだりが気に入らない。まあ、出演した18名の内、千葉や埼玉や神奈川は東京とひとくくりにされても致し方あるまいが、僕は静岡だし、他にも大阪、広島、山形、沖縄から馳せ参じた会員も多くいたのだ。それとも大分では「東京」というブランドが案外大事で、「広島」や「沖縄」なんてすぐそこ、という感覚なのかも知れない。極めつけは「ドイツとオーストラリアで使われているクラリネット」。「それって一体どんなんや!」とツッコミたくなったが、途端に頭の中はカンガルーとオージービーフとアボリジニで満杯状態となった。立ち見も出たという満場の大分県民に与えてしまったこの誤解を解くには、今後何十年の河清を俟てばよいのだろう?その答えはカンガルー(俺は知らない)だ。
皆さん、ご苦労様でした! ウィーンで買ったTシャツには、、、
2007年9月13日(木)
君たちの旧式だね〜
使っていたドコモ(左)と新しいソフトバンクの816SH

今度のケイタイはちょっと感動ものである。ソフトバンクから最近発売された816SHというこの機種は、今まで使っていたドコモのムーバに比べて格段に小さくて軽い。厚みは約半分で、重さは90gしかなく、ポケットの中で引っ掛かるいやなアンテナもない(今や常識?)。これならワイシャツの胸のポケットにもすっぽりと収まる。何より今度のは最新型スライド式だから、若い人のようにカッコよくケイタイを開けられないという密かなコンプレックスをもう感じなくてすむ。毎日帰宅するとケイタイを充電スタンドに立てる習慣があったのだが、これが著しく電池の寿命を縮めるのだそうで、2年もすると待ち受け時間が2、3日となり、3年すると全く充電できなくなる。電池を交換しようとすると4,000円も取られるので、だったら最新モデルに買い換えようか、となる。前回もそうだったが今回もまんまとメーカーの術中にはまってしまった。
今回の機種選びの条件は、海外でもそのまま使えること。前回のドイツ旅行ではドコモショップから海外専用機種を借りて行ったのだが、手続きが面倒くさいし、持っているのも恥ずかしいほどダサくて使いにくい機種だったので一遍で懲りたのだ。海外対応機種はドコモからもAuからも数種類出ているが、ソフトバンクが最も充実し、デザインも垢抜けていた。ニュースでソフトバンクがケイタイのシェアを伸ばしているとは聞いていたが、むべなるかなである。店員のモラールを含め、NTTの凋落ぶりは覆い隠しがたい。暫らくぶりに手にする新機種は、機能面でも長足の進歩を遂げていて、液晶画面やアイコン類が一層鮮やかで楽しくなり、メールも様々な機能が加えられ、すばやく文字変換できる。さて、この2機種の大きさの違いを撮影しようとして、どちらのカメラも使えないことに気付いた。そこで、やはり数年前に買ったデジカメを引っ張り出して撮影したのだが、デジカメの画素数は、新しいケイタイの内蔵カメラと同じ200万画素だった。

2007年8月29日(水)
慌しい別れ
石和のビアレストラン「ビアクルーク」にて
コトコトという隣りの住人の物音に気付いて目を覚まし、ハッと時計を見ると何と6時48分だ。7時には小林さんを掛川駅から新幹線に乗せて北海道に送り出さなければならない。6時にセットした目覚しはなぜ鳴らなかったのだろうなどと考える暇もなく、床の上に敷いた布団で熟睡している小林さんを起こしてから表に飛び出す。MINIのエンジンを掛けて戻ってくると、もう小林さんは着替えて顔を洗っていた。やれやれ何とか間に合いそうだと内心安堵する。駅に着いたのは発車の3分前。「お気をつけて!」「またお会いしましょう!」と固く握手を交わし後姿を見送った。
ノルトハウゼンで散々お世話になった小林さんが来日するというので、先週はMwさんも誘って石和で温泉に浸かりながら「ノルトハウゼン・ツアー謝恩会」を開いた。食事に行ったのがビアレストランというのも芸がないが、山梨の白ワインはとても美味しいとのことで安心した。翌日はホルツの練習にもお招きし、打ち上げにも来て頂いてメンバーと再会を喜び合った。
そして昨晩は浜松の日本料理店に小林さんと二人でお呼ばれした。先方はピアノ教師のIt先生ご夫妻と、ザールブリュッケン放送響の2ndヴァイオリン首席のハルトマンさん、It先生のドイツ語の先生ナターシャさんの4人。この人間関係が実に複雑だが、It先生が中心になっていることだけは間違いない。僕はIt先生とは30年来のお付き合いで、かつてピアノ発表会で演奏したり、グレード試験の伴奏をお願いしたりした仲だが、ハルトマンさんとナターシャさんとは初対面。It先生は浜松で「アンサンブル・ムジーク」という弦楽合奏団を長年運営していて、その指導と指揮をハルトマンさんに頼んでいるそう。また、彼女の愛娘であるAyさんは、現在ザールブリュッケンの音大でピアノを勉強している。小林さんはハルトマンさんの娘とザールブリュッケンの高校で同窓だったり、学校のオケをハルトマンさんが指導に来たりと旧知の間柄で、今回実に20年ぶりの再会だが、他の人とは面識がない。つまりIt先生と小林さんは全くの初対面のはずなのだが、ザールブリュッケンの話しをしている内に何人も共通の知人がいることが判ってびっくり。挙句に娘のAyさんから聞かされていたザールブリュッケン在住の日本婦人リュウコさんは、小林さんの叔母さんの立子さんと判ってまたまたびっくり仰天。「(Die) Welt ist schmal !」(世界は狭いね!)と言ったつもりだったのだが、It先生に「ベルトが締まるって何?」と言われてしまった。やっぱちゃんとナターシャ先生にドイツ語習おうかな。
2007年8月23日(木)
夢の3ヶ月

「夢の一週間」を書き終えるのに3ヶ月も掛かってしまった。もう一つ書きたいことが残っているけれど、急ぐこともないのでその内に埋めておこう。新鮮な発見や感動に溢れたあの一週間をじっくりと反芻して記録することは、もう一度楽しかった夢を見直したようで実に楽しい作業だった。改めてKbさん、Mwさんに感謝したい。

2007年8月20日(月)
なんかヘンだよ、アフィニス

今年も昨年に引き続きレクム先生の音を聴くために一日会社を休んで飯田市で開催されているアフィニス夏の音楽祭に出掛けた。この音楽祭は今年で19回を数え、日本のプロオケのレベルを高めるのが狙いだそうで、レクム先生をはじめとする講師陣はドイツのオーケストラの現役首席奏者や音大教授で、生徒は日本のプロオケ団員か音大卒業生というところがとてもユニークだ。参加者の所属オーケストラは北は札幌交響楽団から南は九州交響楽団まで19にも及び、これだけのプロ奏者と身近に接する機会などめったにあるものではない。
レクム先生は、午前中セルヴァンスキーというハンガリーの作曲家の木管五重奏曲(先生も知らなかった曲だそうだ)のレッスン、午後はR・シュトラウスのソナチネ第1番ヘ長調「傷病兵の仕事場より」の下野竜也指揮による公開リハーサルに加わっていた。クロンターラーから紡ぎ出される先生の音は相変わらず柔らかく温かい美音だった。
さて、いよいよ楽しみにしていたクリニックを聴講しようと会場へ移動すると、何と、今年から非公開にしたとのこと。クリニックこそは先生の音やテクニックや指導法をじっくり吸収する絶好の機会ではないか。「でも、去年は聴けましたよ」「いや、今年からやり方を変えたので非公開にしました」とスタッフとやり取りをしているところへレクム先生がいらした。「今年は残念ながら非公開だそうです」と伝えると「え?何で?」と先生まで怪訝そうにスタッフを見る。スタッフは同じせりふを繰り返すばかり。先生から「ごめんね」と言われたら引き下がるしかない。
実はネットのプログラムにもなぜか「非公開」と書いてあったので、聴講券を買う時に「これ聴けますよね」とちゃんと確認したのだ。その他にもおかしなことが沢山あった。レッスンの場所が本部へ行かないと分からない。レッスン場所(公民館)への案内図がない。市街図を見せて公民館の場所を尋ねてもスタッフが説明できない。おまけに講師が2名も「急病」で差し替えられていた。思い起こせばホームページが6月に入って暫くしてからも「詳細は5月中旬に発表します」となっていたっけ。大丈夫かいなアフィニス。クリニックが聴けないならもう行かない。

2007年7月25日(水)
戻って来いよ
脅かして悪かったね

何時の頃からか、マンションの排気口の上につばめが巣を作った。中には雛鳥が4羽いて、親鳥が運んでくる餌をチーチーと鳴きながら争うように食べる様子を毎日微笑ましく見ていた。
次第に大きくしっかり育ってきて、見るからに巣も狭く感じられるように思われてきた一週間ほど前から、なぜか昼間は不在なのに朝出勤する時には全員が揃っているという日が続いていた。
そして昨日の朝、何時ものようにカメラを向けると、突然4羽がけたたましく鳴きながら一斉に巣を飛び出してしまった。今まではおとなしくカメラに収まっていたのに、いつの間にか力強く飛ぶ術を身に付けていたらしい。もう帰って来ないかもしれないな、という漠とした不安は的中し、昨日の夜も今朝も、そしてさっきも、巣にはもはや可愛い小さな頭は見えない。

2007年7月18日(水)
マエストロの名言
「音楽の友」7月号、ご一読あれ
「音楽の友」を何10年振りかに買った。本屋で「ふーん、まだ出てるんだぁ」などと不遜なことを呟きつつ、パラパラとページをめくっていると、70歳のマエストロ、カール・ライスターのインタビューが載っていた。この中で実に良い事を言っている。「クラリネットは沢山の色付いた葉を持つ“秋の樹”のようなものだ。その色彩の美しさのよって、クラリネットにはあらゆる楽器の中でも最高の作品がある。また、モーツァルト、ブラームス、レーガー、プーランク、サンサーンスは最晩年にクラリネットの名曲を書き遺している。それはクラリネットが“死の天使”でもあるからなのだが、そんなことは若い時には解らない。歳を取っても吹き続ける意味はそこにあるんだよ」
うむ、さすがに深く重い言葉だ。確かに功成り名を遂げた作曲家が晩年の孤独な、或いは安らかな心模様を表す楽器として、オーボエやファゴットを選ぶとは思えない。ピアニッシモ出ないし。フルートやサックスは基本的に「晴れ」の楽器だから、なお更似合わない。ヴィオラやチェロならありかも。さらに読み進んでいくと、西村某という作曲家がライスターの演奏に感動してクラリネット協奏曲を書き、今度は五重奏曲を書きたいらしいという話があり、「貴方は私にとってのミュールフェルトです」と言ったとのこと。「同じことが私と西村で起きている」とも。そこまで言う(早見優。北天佑引退)。ブラームスとミュールフェルト VS 西村某とライスター。んー、ちょっと我田引水の感が無きにしも非ずだが、年寄りクラ吹きにとって都合の良い記事をじっくり読みたいがために「音友」を買ってしまったGmも他人のことは言えないか。
2007年6月18日(月)
掛オケらしさ
金管セクションによってバルコニーから奏された勇壮なガブリエル(リハーサル風景)

昨夜は無事掛オケ第5回定期演奏会を終え、心地よい達成感、疲労感とともに0時前には眠りについた。演奏会には423名もの市民が足を運んでくれた。定演史上新記録だ。開演前のロビーコンサート、終演後館内に鳴り響いた金管合奏など、お客様へのサービスも怠りなかった。アンケートの評判も上々だった。語りを入れた「マ・メール・ロア」が特に好評だった。「物語のシーンを思い浮かべながら楽しく聴きました」という声が多かった。また、心配していた「エニグマ」の評価もとても高かった。「掛川でエニグマが聴けるとは!」という書き込みもあった。メイン曲が「エニグマ」ではチケットが売れないのでは?という懸念は幸い杞憂に終わったようだ。「掛オケは掛川市民の誇りです!」というコメントが何よりも嬉しかっ た。夜中の2時頃、浅い眠りから目醒めた。様々な思いが走馬灯のように脳裏を去来しては神経を昂ぶらせ、とうとう朝まで寝付くことができなかった。“第5回定演ということは掛オケ設立以来早や5年か。あれは2002年、掛川に10年ぶりに住み始めた翌年だったな。以前から掛川に市民オケを作ろうという話は出ては消えていたっけ。ただ今回は様子が違ってた。掛川市が低金利時代に嫌気して、文化財団基金の一部を取り崩し、文化支援に支出するという。ここで一気呵成に市民オケを作らなければ2度とチャンスは来ない。僕ら4名の発起人は早速掛川市に請願書を提出し受理されたのだ。本当に団員が集まるのだろうか?という心配をよそに、市の広報によって、老若男女、初心者からベテランまで50人もの応募があった。備品楽器や楽譜も揃えたが、問題は指導者だった。アマオケは指導者次第だ。「自由演奏会2002」で知己を得た新進気鋭の指揮者、堺武弥先生にお願いし、幸いなことにOKを頂いた。掛オケがこの5年間、順調に伸びてこれたのは偏に堺先生の情熱溢れる指導の賜物と言っていい。月2回の練習に一度たりとも欠席されたことはない。日本の、いや世界のどこにいても掛オケの練習日には必ず駆けつけて下さった。指導も素晴らしい。曲に向かう姿勢から、音楽的な表情の作り方、技術的な問題の解決法まで、常にユーモアを忘れず、しばしばジョークを交えて辛抱強く教えて下さる。団員が何度も注意を忘れたり音を間違えたりしても、決して感情的になって団員をしかるようなことはない。僕の長いアマオケ歴で堺先生ほど素晴らしい指揮者を経験したことはなかった。先生を慕って入団し、定着する優秀な団員も増えた。現在、管・打楽器のトップは他のどのアマオケにも決して引けを取らないレベルだ。だが、今回の定演を最後に様々な事情から掛オケを退団しなければならないメンバーも多い。僕も定年を迎える来年の4月にはこの大好きな街、掛川を去ることになる。離散集合はアマオケの宿命だが、掛オケにはメンバーが変わっても、たとえ指揮者が変わったとしても、伝承されるべきアイデンティティーが、この5年間で芽生えただろうか?単なる地方都市の市民オケに埋没してはならない。掛オケのレゾンデートルを大事にしよう、と言い続けてきた。これから掛オケを担っていく若い団員たちは、掛オケ団員であることの「誇り」と「自負」を忘れず、「掛オケらしさ」を追求し続けて欲しいものだ。いや、心配は要らない。きっと彼らならそれを見つけ護ってくれることだろう。老兵は消え去るのみだ。これからも掛オケを通じて多くのかけ替えのない出会いや感動が生まれ続けることを願ってやまない。”

2007年6月12日(火)
掛オケ第5回定演

いよいよ今度の日曜日、5日後に迫ってきました。プログラムはベルリーズ「ローマの謝肉祭」、ラヴェル「マ・メール・ロア」、エルガー「エニグマ(謎)変奏曲」という意欲的なもので、どれもロマン派以降の難曲揃いです。堺先生の熱心で粘り強い指導の下、1年間練習を積んできましたが、ハッキリ言ってかなり苦戦しています。集団主義的な古典派の音楽と違ってソロが多く、個人個人の音楽的な資質や技量が問われる上に、管弦楽法も楽器の限界的な性能を駆使しているので、譜面を音にするだけでも結構大変です。でも、先週のつま恋合宿での猛特訓を経てかなり完成度が高くなってきました。本番でその成果が100%発揮できるかどうかは「謎」ですが、是非掛オケの成長ぶりを聴きに来てください。なお、私は先日Viottoさんのお宅で選んできたG3で「謎」を吹きます。

2007年6月5日(火)
らぶ?
よくぞ建っていた懐かしの「らんぶる」

高田馬場に出張があったついでに学生時代の通学路を何十年ぶりに歩いてみた。狭い歩道とせかせかした人の流れは昔のままだが、随分とおしゃれな店が立ち並ぶようになったものだ。
駅に近づくにつれ、確かこの辺りにと思って見つけたのが写真の廃墟である。学生時代によく通った名曲喫茶「らんぶる」だ。もうとっくに廃業したらしく入り口や窓はロックアウトしてあるし、看板のロゴの「ん」と「る」も脱落している。確かにあの頃から凋落の兆しは見えていた。何しろ灰皿に空き缶を使っていたくらいだ。コーヒー1杯で何時間も粘られたら儲かるはずもあるまい。
当時「らんぶる」は新宿や渋谷や銀座にもチェーン店を展開していたが未だ健在なのは新宿だけだろう。それにしてもこの高田馬場店はなぜ取り壊さずにこんな惨めな姿を公衆に晒しているのだろう。ひょっとして保存運動でも起きているのだろうか?もし誰かがこのレンガ造りの店を復元して名曲喫茶を再開してくれるなら、昔お世話になったお礼に1万円位寄付しても良い。モーツァルトの生家やフラウエン教会ほど歴史的な価値はないかも知れないが、団塊の世代には共感してもらえるのでは?複雑な想いでカメラを向けていると茶髪の中学生が怪訝そうに「らぶってなーに?」と囁きあっていた。

2007年5月29日(火)
夢の5日間
隣町ゾンダースハウゼンの町で小林さんと昼食

夢見るような日々を過ごしてきたからというわけでもあるまいが、今朝時差ボケで早速会社に遅刻してしまった。ドイツでは毎朝6時には起床して、人もまばらな街を散策していたというのに現金なものである。
今回の旅行の主目的はミュールフェルト没後100周年を記念してマイニンゲンで開催された「Richard Muhlfeld-Fest」への参加で、昨年10月にバンベルクで知り合った、ノルトハウゼン・オケのクラリネット奏者、小林正典さんを訪ねたのは、せっかく近くまで行くのだからついでにちょっと寄ってみようか、くらいの気持ちだったのだ。ところが思いもかけず、ノルトハウゼンに到着した翌日から小林さんの精力的なアレンジと行動力のお陰で、クラシックの本場ドイツならではの貴重な経験を沢山積むことができた。いわばメインディッシュが出る前の前菜でもうお腹一杯となり「あとはもうどうでもいいや」状態になったような感じ。小林さんから伺ったお話も現役オケマンならではの臨場感あふれる興味深いものばかりで、中には「言えねえ、言えねえ、もう言えねえ」という情報も数多い。追い追い整理して紹介していきたいと思いますが、取り急ぎ全行程のハイライトを3枚の写真で紹介します。

ドルトムントに近いViotto邸にて。中央は奥様 スリムになられた女王様とのツーショット ミュールフェルトのお墓発見!
2007年5月18日(金)
エーラーによるエーラーじゃないエーラー
早く仔細に観察してみたい

他人のエーラーを探してあげていたらひょんなことから自分がエーラー買うはめになった。正真正銘のオスカール・エーラー(1858−1936)作である。この楽器の前の所有者はホルツのKn代表で、ベルリンのホルツブレーザーのトーマス・ライヒレさんから紹介されたそうだから間違いはない。
上管には大きな割れが2本も入っていて、その修理の跡が生々しく残っていたが、今日きれいに直って手許に戻ってきた。木部の摩滅具合や各所の傷から随分と使い込まれている様子だが、メッキをかけていない洋白のキイは、やすりで丁寧に形が整えられていて、現在の機能性と強度重視の量産品には見られない繊細で芸術的な優雅さを醸している。但しこのエーラー、エーラーがエーラー式を考案する前のエーラーらしく、エーラー・メカが付いていないエーラーなのだ。エーラーが作ったのにエーラー式じゃないなんて、じゃ、一体このクラは何式なのか?この難問にはミュールフェルト・フェストから帰ってきてから取り組みます。

2007年5月3日(木)
「アトの祭」(レスピーギ?)
左がS100、右が問題のS900

掲示版で話題に上ったシュトイヤーのS900を計測し、ドイツリード比較表に追加した。10年前に一度試して全然鳴らず、以来使ったことがなかったので、まさか自分が所有しているとは思わなかったが、机の奥から新品が丸々一箱出てきて驚いた。なんくるさんの指摘通り、リードの削り出しが一般的なドイツリードより先端寄りなので、リードの振動面が短いのが最大の特徴。同じドイツカットのS100と並べてみると約2mm違う。それに伴って1.5mmと2.0mmの等高線が前方に押しやられているのが視覚的にも確認できる。ヒールも3.2mmと厚いので切削面のスロープはかなり急峻であろう。これがシュトイヤーの言う「古いドイツ奏法に適したリード」だとすると、昔のマウスピースのフェイシングはゴイザーのGraesselのように短かったということなのだろうか?もしかするとS900はあのGraesselにベストマッチだったかも知れないが、既に内山先生に返却した後とあっては真相は謎に包まれたままだ。

2007年4月10日(火)
レ・プレリュード
桜の花びらがバッハに流れる頃

今日は50ん回目の誕生日。幾つかお祝いメールをもらって嬉しかったけど、もうこの歳になると誕生日は目出度いというより定年とあの世へのカウント・ダウンというのが実感だ。モーツァルトは35歳、ウェーバーが39歳、シューベルトに至っては31歳という若さでこの世を去った。哀しいほど美しいメロディーの数々を書き残したシューベルトの倍近くも生き永らえているというのに、俺はこの世に一体何を遺したのだろう?人間の価値は、何を言ったかではなく、何を為したかでもなく、何を遺したかで決まるという箴言を胸に刻みながら、これからは1日1日を無為に過ごすことなく精一杯生きたいものである、、、なんちって

2007年4月5日(木)
ゴイザーのマッピ
これであれを吹いたの?

ハインリッヒ・ゴイザーという名前を聞いても今の若い世代はピンとこないに違いない。ライスターの先生と言えば分かりやすいだろう。僕にとってゴイザーは、初めてドイツ管の魅力に気付かせてくれたかけがえのない名クラリネット奏者だ。とっくに廃盤となってしまった、モーツァルトとウェーバーのクラリネット五重奏曲をドロルク弦楽四重奏団と録音したLPレコードは今も大切に保管している。このレコードを買った高校生の頃、ウェーバーがクラリネット五重奏曲を書いたことすら知らなかったし、当時モーツァルトとブラームスとレーガーが古今の3大クラリネット五重奏曲だとか書かれていたので、いわゆるB面のウェーバーには余り期待していなかったのだが、聴いてみるとこっちの方が(モーツァルトなんかより)断然面白い。クラリネットってこんなに凄い事が出来るのか!と目からウロコが落ちた。特に第2楽章のFantasia。出だしのE、上のCの密度が濃いことといったら!最低音域から仄かに駆け上がってくるクリームのように滑らかな半音階の美しさにも心底驚き感動した。早速楽譜を買ってきて吹いてみたものの、当然ながら似ても似つかぬ音しか出ない。なぜゴイザーのような音が出せないのか?何としてもあの音を出してみたい。エーラーへの道の第一歩はこうして始まったのだった。そのゴイザーが使っていたマウスピースを、今回師匠である内山洋先生のご好意でお借りすることができた。ベルリンでゴイザーに師事され、帰国時に記念としてゴイザーから譲り受けてから30年以上、誰も息を通していないというこのマウスピースを「大切にお預かりします」とか言っておきながら掛オケの練習場でバンバン吹いてしまった不肖な弟子をお許し下さい。(レポート準備中)

2007年3月26日(月)
タヌキに注意?
 何も悪いことしてないよ

先日掛川市郊外に開通したバイパスをMINIで走っていると、いつの間にか路肩に見慣れぬ標識が立っているのが目に入った。通り過ぎてから「まさかー」と思って確認に戻るとやはり狸の絵が描いてある。つまり“狸に注意!”だ。鹿の絵ならどこか山の中で見たような気もするが狸の絵は初めて見た。だが、この一見ユーモラスな標識が立てられた背景には田舎ならではの笑えぬ事情があったことが推察される。
5年前掛川に住み始めた頃、夜中に真っ暗な県道をハイビームにして結構なスピードで走っていると何やら前方の道の真ん中にキラキラと光る物体を発見。慌てて急ブレーキを踏み、何とか数メーター手前で停まったが、目を凝らすとその正体は二匹の狸の目がヘッドライトの光に反射していたのだった。クラクションを鳴らすと、二匹はのそのそと茂みの中へ逃げていったが、その様子は野生動物の俊敏さとは程遠いものだ。狸は夜中に番(つがい)で行動するのだが、夜行性なので目が弱く、クルマのヘッドライトに目がくらんで動けなくなってしまうらしい。この辺りでは犠牲者ならぬ犠牲狸を目にすることは決して珍しいことではない。突然伴侶を失う狸の悲嘆と無念さは察するに余りある。平和な生活圏をバイパスによって分断された狸は、夜中にやむなく決死の覚悟で広い道路を横断するのだが、標識は決して可哀想な狸たちを保護しましょうと呼びかけているのではなく、あくまで狸発見時の急ブレーキや急ハンドルによって交通事故を起こさないようにという人間様の身勝手なご都合なのである。

2007年3月21日(水)
団内コンサート

掛オケでは毎年この時期に団員同士で組織したアンサンブルの発表会を開き、お菓子を食べながら聴くのが恒例となっている。今年も高音はピッコロ3重奏から低音はチューバ2重奏まで10チームが楽しい演奏を繰り広げた。我らがクラリネット・セクション4名は、ミナスケことSz美奈嬢が探してきたD・ベネットという作曲家の「クラリネット・ラプソディー」を演奏したのだが、僕が担当したバスクラがやたらと活躍するのには嬉しくも閉口した。借り物のバスクラはプラ管の当然ベーム式だったので、最初の練習では指が回らない上にリードミスの連発でメンバーに大迷惑を掛けてしまった。これはヤバい!と秘密の猛特訓をして2度目の練習に臨み、3度目の本番では落ちまくったものの何とか最後まで吹き通すことができた。こんな難しい曲を中・高生がアンコンでやってるなんてすごいねー。



弦楽グループはエルガー「朝の挨拶」を演奏
2007年3月13日(火)
最近のBSから

久々に見たザビーネ先生は意外にもほっそりとスリムになられ、若返ったように見受けられた。昨年秋のN響をバックにしたモーツァルトのクラコンはアドリブ入れまくりで、さぞ当夜聴いたお客は驚いたことだろう。6、7年前に聴いた実演では良くも悪くも模範的な大人しい演奏だったが、齢を重ねて作品に対する造詣と共感と自信とが深まったに違いない。クラのソロが始まって間もなくのハ長調の音階は何時も独特の指使いをする。フィンガリングとタンギングの速さは相変わらず超人的で、これがテンポに余裕と変化をもたらしていると思われるのだが、第2楽章は意外なほどあっさりしていて「これは古典派の音楽なのよ」とばかり過度な感情移入を避けているように感じた。この傾向はウェーバーやベールマンの緩徐楽章でも感じるところだ。元来女より男の方がロマンチックなものだが。
サンクトペテルブルク・フィルとは、かのムラヴィンスキーが率いたレニングラード・フィルのことだろうか?弦も管もやたらと上手い。ショスタコの「森の歌」は初めて聴いたが(政治的背景を抜きにすれば)なかなか良い曲だった。冒頭のクラリネットのソロが良い音だったので目を凝らして見ると、何と首席だけがエーラーを吹いていた。最近ではロシアもベームに変わってしまったと思い込んでいただけに嬉しい発見だった。ロシア音楽には絶対ドイツ管の音色の方が似合うと思うよ。

2007年2月22日(木)
されどヒモ

もしもあなたが大事な演奏会当日になって、リガチャーを家に忘れてきてしまった、或いは不用意にも壊してしまったとしよう。もう楽器屋に買いに行っている時間はない。余分に持っていて貸してくれる仲間もいないとなれば万事休すだ。だが、もしあなたがエーラー吹きなら近くの100円ショップへ飛び込んでみることだ。多分2本で100円の靴ヒモを売っているはずだから。
実際、上の写真は「10日の会」で使用している倉田スタジオがある椎名町商店街の100円ショップで買った靴ヒモだが、マウスピースに巻き付けてみると下の写真のように長さといい、姿形といい、出てくる音といい、1本500円もするドイツ管専用のヒモと比べて何ら遜色がない。
唯一欠点と言えばメッシュ状に編み上げてあるので引っ張るほどに伸びること。つまりリードをきつく固定できないからマウスピースを差し替えたりする時にリードがずれてしまうのだが、まあ、これとても1本50円という価格と緊急時の救世主的活躍に免じて許容すべきものだろう。
え?100円ショップが見つからなかったらどうするんだって?そこはそれ、エーラー吹きたるもの日頃から万一に備えて編み上げの革靴を履く心掛けを忘れてはなりませぬ。

2007年2月14日(水)
パメラ・ウェストン嬢?

今年も洗足学園前田ホールで日本クラリネット協会主催の「クラリネットアンサンブルのたのしみ」が開催され、いつの間にかすっかり常連となった我らが「ホルツの会」は、昨年ドレスデンでDKGクラリネットアンサンブルとともに演奏したラインベルガーの「序奏とパッサカリア」を演奏した。「幅広い音程と多彩なリズム」を売りにしてきたホルツにしては珍しく破綻の無い整った演奏を披露して大方の期待?を裏切ってしまったようだ。
さて、今年もロビーには各メーカーがブースを出していた。メンバーにとって出番が来るまであちこち冷やかして回るのが楽しみでもあるのだが、今回僕はビュッフェ・クランポンのブースに置いてあった1冊の本に目が留まった。タイトルは「Clarinet Virtuosi of the past」、著者はPamela Weston。ぱらぱらとめくって見ると、シュタットラー、クルーセル、ヘルムシュテット、ベールマン、ミュールフェルトなど名だたる名手の伝記を集めた本のようだ。ちょっと高かったがこういう本は巡り合った時に買っておかないと後で大いに後悔するので購入した。まだミュールフェルトの部分を読み始めたばかりだが、よくもまあここまで調べたものだと驚嘆の連続である。自分の思い違いや新事実も次々と明らかになった。例を挙げれば“リヒャルトの父はSslzungenという温泉町の音楽隊長でリヒャルトはそこでその4男として生まれた”“長男のMartinの結婚式でリヒャルトは花嫁の妹Minnaを見初め激しい恋に落ちて結婚した”“ワグナーはバイロイトでマイニンゲン宮廷オケがエグモント序曲を演奏するのを聴き、ミュールフェルトのクラリネットに感銘を受けて彼にこう言った『お若いの、このまま続けなさい。そうすれば世界は君のものだよ』”などなど。初めて見るリヒャルト・ミュールフェルト一家の写真(家族所有)なども載っていて、このパメラさん只者ではない。この本は1971年が初版で、巻末の故ジャック・ブライマー氏の推薦文によると、Miss Pamela は彼女自身卓越したクラリネット奏者だそうだ。また彼女は赤坂達三氏を「40年来の偉才」と呼んだ張本人でもあるらしい(どこかで会ったら聞いてみよう)。この本を読んでからマイニンゲンに行っていればもっと深い探索ができたかもと反省したが、今年出版されるゴルツ女史の伝記はきっとこの本を凌駕しているに違いないから益々楽しみではある。

2007年1月27日(土)
自由演奏会2006レポート

昨年11月25日に横浜文化体育館で開催された「自由演奏会2006」のレポートが公式ホームページに公開された。
2006は前年を200人も上回る700名が参加し、イナバウアーで有名になったプッチーニの「誰も寝てはならぬ」や一般にはポピュラーソングと思われているホルストの「木星」などを大合奏で大いに楽しんだが、その模様が約10分間のダイジェストムービーで見られるようになっている。http://www.yamaha.co.jp/jiyuuensoukai/repo2006.html
受付から終了までの6時間以上を10分にまとめたのだから、かなり細切れだがその迫力と楽しさは充分伝わってくる(かなり後半の方にGmとホルツのFkさんもチラッと映ります)。
もしこのダイジェストムービーを見て面白そう!と思った人は今後の開催スケジュールの内、お近くの「自由演奏会」地区大会に参加してみてください。当面僕は2月25日の掛川市御前崎と4月15日の磐田市豊田町に参加予定です。


体育館を埋め尽くした700人の参加者

100人のクラ仲間の中央にFk氏とGmが
2007年1月26日(金)
ちょっと訂正

マウスピース比較表の一部を訂正しました。訂正したのはViottoのK1とK1+2です。表をよく見たら2ヶ所に同一品番があったのでViottoご本人に確認したところ、K1はN1と開きは同じだがフェイシングが1mm長いとのこと。ちょっと心配になったので他のViotto主要品番の数値に間違いがないかチェックを依頼したら「あとは正しい」とのことでした。K1が最近ちょっと気になるんだけど、どなたか使っている人がいたら吹き心地を教えてください。

2007年1月18日(木)
Richard-Muhlfeld-Fest
5月末にマイニンゲンで開催されるミュールフェルト・フェスティバルの全容が明らかになった。ホルツハイマーにとって何と魅力的な内容であろう!いくらミュールフェルト生誕の地における没後100周年記念イベントであるとはいえ、これほどドイツ各地から学者や演奏家が馳せ参じ、ブラームスとミュールフェルトと彼の楽器についての研究成果を発表し、演奏を披露し合うとは、やはり大した国である。どうやらセゲルケ氏はホスト側に立って大車輪の活躍をするようだ。また過日大変お世話になったマイニンゲン博物館のゴルツ氏も、遂に完成なったミュールフェルトの伝記を紹介するようである。マイニンゲン州立劇場オケのHagen Biehlerの演奏も是非聴いてみたい。「ドイツ語も解らぬお前が行って何になる」と内なる理性が諭すが、次なる記念式典には確実にこの世に存在しないとなれば「行くっきゃないぞ」と内なる悪魔が囁き返す。
Richard-Muhlfeld-Fest (http://www.meiningen.de/より:多少の誤訳ご容赦)
5/25 Fr. 19:00 前夜祭、ブラームス・クラリネット五重奏曲Kl:Hagen Biehler
5/26 Sa. 9:30 セゲルケ氏によるオープニング演奏
10:00 オリエンテーション
10:15 レクチャー
@Robert Pascall(Nottingham)「ブラームスとミュールフェルト」
ARenate/Kurt Hofmann(Lubeck)「演奏家としてのブラームス」
BMaren Goltz(Meiningen)「ミュールフェルトに関する論評集」
12:00 昼休み(エリザベーテン・ブルグ城内のガイド)
13:30 Maren Goltz と Helta Mullerによる書籍紹介「ブラームスクラリネット奏者、リヒャルト・ミュールフェルト」
14:00 オープニング演奏:アンサンブル「Clarimonia」ミュールフェルトに因んだ作品をレプリカで
14:30 演奏を交えたレクチャー
CThomas Reil (Uhingen)「ベールマン/オッテンシュタイナー式クラリネットの開発」
DWolfgang Wenke (Eisenach)「ミュールフェルト時代のチューリンゲン地方の楽器」
15:30 コーヒータイム
16:00 オープニング演奏:アンサンブル「Clarimonia」ミュールフェルトに因んだ作品をレプリカで
EAndeas Schoni (Bern)「歴史的木管楽器の複製に関する考察」
FJochen Seggelke (Bamberg)「オッテンシュタイナー・クラリネットのレプリカによる演奏について・・・その特徴と可能性」
18:00 夕食
19:30 ガラ・コンサート:Charls Neidichトリオ、ブラームス・クラリネット三重奏曲
5/27 So. 10:00 “Die Zauberklarinette”Heilbronn音楽学校クラリネット科生徒によるプログラム
11:30 DKGによるSerenade-Konzert(Christof Hilger指揮)
2007年1月14日(日)
リード等高線

普段何気なく使っているExelは、単なる表の作成や表計算以外にも実に様々な能力を備えているソフトなのだが、僕はめったに使ったことがないので宝の持ち腐れになっている。
例えばグラフウィザードの等高線機能を使うと、リードの3次元形状を立体的に視覚化することもできる。図は仮に先端幅13mm、ヒール高32mmのリードがあったとして、その先端から35mmまでの切削面を示したものだ。数値は架空のものだから実際はこんなに単純な形状ではないはずだが、いつか精密なシックネス・ゲージを手に入れて各社、各品番のリードを測定してみたい。
誰か挑戦しない?

2007年1月3日(水)
謹賀新年

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
今年も彫ってしまいました年賀状の版画。2006年流行語大賞を獲得した「
イナバウアー」ですが、今年は亥年なので、当然イノシシ・スケーターによる「イノバウアー」です。「あー、間違えてる〜」とか言われないように途中からイノだけひらがなにしました(笑。
正月の暇に飽かせて「エーラーレポート」に「独・墺・仏マウスピース比較表」を上梓しました。皆さんも是非ご自分のマッピ履歴をトレースしてみて下さい。
今年もエーラーの真髄に少しでも近づけるよう努力して参ります。皆さんのクラリネットライフにとって実り多い年でありますように。
Gm拝